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石岡 久彌
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「親愛なる」全国の読者の皆様へ!!

H。31。1。27

 福山市議会議員

「福山維新の会」代表 石岡久彌

(1)本日のテーマ:①「来る3月福山市議会定例会時の小生質問・提言」→②「枝広市長の「本気・真剣度」を確かる質問・提言をします」→③「同市長は自己の公約である「5つの挑戦」について3年目は「深化(成果を深める)の年」旨を力説したが、単なる「パフォーマンス(仕事をしている振り)」と成っていないか?→④「深化のポイントは市民の信頼を得て協力を如何にして獲得するかに掛かっている筈だ」→⑤「この為には市長は市民の最も嫌がる「同和行政の撤廃」と「市職労に対するエコヒイキの排除」を即刻断行すべき」→⑥「記事が少々長いため、「サラリ」と「斜め読み」して頂ければ幸甚です」

 

(2)本論(小生質問・提言の原稿)

 

「福山維新の会」の石岡久彌であります。枝広市長は市長に就任されて早や2年半が過ぎました。この間、市長は「活力と魅力に満ちた輝く都市の実現」に向け精力的に尽力されて来ました。同時に「5つの挑戦」を旗頭にしつつ、各種の要望等をされて来ました。その代表的なものが市政運営の基本としての「スピード感」であり、「情報発信」であり、「連携」であります。他方で市長は「現場主義」「意識改革」「失敗を恐れない」等を要望され、昨今では「3年目は深化の年」「共創」を謳われております。これらの要望・発言等は枝広市長が過去の輝かしい・豊富な経験等を背景にしつつ我が福山及び行政等の真の課題、市民要望等を踏まえながら導き出された素晴らしい・重みのある発言等であろうと確信致します。ところで私の感じるところでは果たして誰が、とりわけどのレベルの市職員がこれらの発言等を何処まで理解し浸透させ実行しているのであろうかとの素朴な疑問を禁じ得ないのが偽らざる心境であります。そこで本日は多くの市長発言テーマの中から「3年目は深化の年」という骨幹たるべきテーマに絞って市長の政治姿勢の真意・真髄及び並々ならぬ決意等をお聞かせ頂きたいと考え、関連の質問・提言を以下にさせて頂きます。まず第1番目の質問は、何故市長は5つの挑戦について「2年目の加速の年から、3年目は深化の年」へと変えられたのでしょうかというものであります。すなわちその変化の目的・狙いは、市長の掲げられた5つの挑戦に関し、①単なるマンネリ・停滞の防止のためですか、②過去1年間の加速に一定の成果があったことを踏まえ更なるレベル・アップを図るためですか?③否、危機感に基づき今後大なる進歩・進展を求め深みと幅を抜本的に期待するからでしょうか?別な観点の理由からは職員は、①チャレンジ精神・やる気を含み改革・改善の発想・意識に問題・課題があり体質改善が必須だからでしょうか?②能力に問題・課題があるからでしょうか?③保身、既得権益の維持確保に終始し、市民目線が低いからでしょうか?ところで基本方針、キャッチ・フレーズ等を変えるのは世の中珍しくもなく、他方で時宜・状況に適応・適合させるため良い・素晴らしいことだと思いますが、現状及び課題把握・分析が不十分なまま、すなわち、適切なPDCAサイクルが不十分なままなされるのであれば、市職員はもとより市民にも混乱・不信感が生じてしまいます。「Simple is Best」という言葉もあり、「愚直」「終始一貫」という言葉もありますが、大事・重要なことは同じフレーズであってもそこに「魂を入れ」、「教え且つ戦う」のスピリットを保持してそれを徹底的に追求し所期の目的・目標を達成することが極めて肝要と考えますが如何でしょうか?第2番目の質問はでは今後、具体的にこの深化とは、①5つの挑戦等のどの分野を主たる対称として考えておられるのでしょうか?それとも軽重先後という優先順位を付けずに5つの挑戦分野を同時並行的に万遍なく考えておられるのでしょうか?②どのような視点から取り組もうとしておられるのでしょうか?例えば市役所組織の再編とか、同組織の更なる横断的・一体的業務運営とか、市民目線の業務運営とか、毅然たる労使関係の確立とか、職員のやる気等意識改革等とか、③誰を・どのレベルの職員を対象に重点的に取り組もうとしておられるのでしょうか?たとえば局長以上か、理事者か、職員全体か?④どのような手段・方法を通じて、深化を浸透・具体化させようと考えておられるのですか、市長自らによるメール等の各種手段を活用した部下の具体的な教育指導は考えておられますか?この際、経営戦略監、両局長、戦略推進マネージャ等の外部人材の活用による教育指導は如何でしょうか?⑤いつまでにこの深化を完整するよう考えておられるのですか。以上の件について1H5Wでお答え下さい。最後に第3番目は提言となりますが、本件深化のためには前述の「連携」「「共創」を踏まえ市民の協力が必須であり、この協力を真のもの・大なるものとするためには、多くの一般市民の嫌がる行政の撤廃・修正等を速やかに行なうべきとここに改めて提言しますが、市長のお考えをお示し下さい。一般市民の嫌がる行政とは今更申すまでも無く、「同和行政一般施策の撤廃」と「市職労に対するエコヒイキの排除」であります。以上で1回目の質問を終わります。

 

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「親愛なる」全国の読者の皆様へ!!
H。31.1.6 福山市議会議員
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:①「美しい発言(美辞麗句)に「酔いしれる」だけの福山行政並びに市議会」→②「今後、「床上浸水を2度と起こさせない」旨の市長声明・決意には完整時期(いつまでに整えるのか)が示されていないのが大問題」→③「市長は口先だけのパフォーマンスで市民を誤魔化そうとしているのか?」→④「そこで私はこの完整時期を示すことが行政に対する市民の信頼感を得る為に必須と厳しく提言しました」→⑤「その結果、市長は1週間後に「今後、5~7年必要(かかる」との見通しを発表したが余りにも真剣さに欠ける」→⑥「市民目線に欠ける市役所並びに市議会は「青春の気概」が欠如し、百害あって一利なし」   
(2)はしがき
    初めに先般元旦の小生FB記事「石岡久彌は本年も「青春」を追い続けます」に対して388名の方から「いいね」を頂きました。深く感謝致すとともに、この「いいね」を通じて多くの国民・市民の方が青春を求め模索し、他方で実行されておられるのではと痛感し、もって深く敬意を表している次第であります。さて「昨年12月中旬に行なわれました福山市議会「一般会計補正予算特別委員会」において、石岡久彌は浸水対策の推進事業について、行政並びに市議会は市民目線で「真剣」に防災を考えることが必須である旨を声高らかに提言しましたところ以下にその要点を全国の読者の皆様に御紹介させて頂きます。
(3)本論(美しい発言に「酔いしれる」だけの福山行政並びに市議会について)
(ア)石岡久彌の発言・提言内容について
    私は次の通りの発言・提言を致しました。すなわちそれは「石岡久彌が只今から平成30年度福山市一般会計補正予算について討論を行います。今回の補正予算に伴う事業は,当面の緊急性が高い等の各種施策・事業を行おうとするものであり,全般的に時宜に適したものであり,評価するものであります。さはさりながら,約3億78百万円を計上した「浸水対策の推進」事業のバックボーンたる市長の声明、すなわち、「今後、床上浸水を2度と起こさせない」という趣旨の発言は対象時期が明示されず不明確で市民に疑問・混乱・不信感を抱かせかねず、そこで今後は市民にそのような事態を生じさせなくて分かり易い表現をされることを強く求め賛成の討論とします。この際、私の本件要望・提言の原点を申し上げれば、それは「文章・発言等は1H5W(誰が、いつ、どこで、何を、何故、どうする)で行なう」ことが古今東西を問わず大原則であるというものであります。一方、市長の本件発言は「いつまで」、すなわち短期、中期、長期のいずれにおいて床上浸水を2度と起こさせない態勢を執ろうとしているのかが全く不明であります。最後に老婆心ながら私は先般行なわれました平成29年度一般会計歳入歳出決算認定時の討論において「理事者は反問権等を活用し、議員との間で緊張感あふれる活発、真摯な議論を展開すること」を提言致しました。ところが先週の市議会12月定例会で徳山議員が数回に亘り「市長は過去、「今後、「短期的に」床上浸水を2度と起こさせない」旨を述べた」として「短期的」を強調されましたが、理事者はその時に何故、本件反問権等を活用して徳山議員の「短期的」という誤り発言を訂正させなかったのかに大なる疑問が残ります。他方で議員達はその時何故「議事進行等を掛けて徳山議員の同誤り発言を訂正させなかったのか」にも大なる疑問が残ります。行政並びに市議会による丁寧な・分かり易い市民目線の業務遂行が強く求められます。何故なら同市議会の様子は議事録等として正式に保存し残され、必ずや市民の目に留まるからであります。以上です。」というものでありました。
(イ) 枝広市長の「今後、5~7年必要(かかる」との見通し)発表について
昨年12/26付の中国新聞は「浸水の抜本対策「5~7年必要」、福山市長が見通し」旨の見出しで以下の記事(要点のみ)を報道しました。すなわちそれは、「枝広市長は25日の記者会見で西日本豪雨を踏まえた浸水対策について、抜本的な対策に5~7年程度かかると見通しを示した」というものであり、上記私の厳しい発言・提言に答える形でありました。
(ウ)私のコメント
   上記枝広市長の「5~7年程度かかる」旨の見通し発表は私に指摘・提言される前に明確にすべきものであり、余りにも真剣さに欠けます。市民目線に欠ける市役所並びに市議会は「青春の気概」が欠如し、百害あって一利なしと考えます。すなわち、上記の通り、「床上浸水を2度と起こさせない」旨の完整時期(いつまでに整えるのか)を行政が明確にせず、他方で市議会が行政にそれを明確にするよう提言しない・できない背景として資質・能力・やる気の無さ、とりわけ「青春の気概」の欠如は、猛省、議員の交代以外の何ものでもないと確信致します。
                           (以上です) 

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「親愛なる」全国の読者の皆様へ!!
H。31.1.1 福山市議会議員
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:①「新年御挨拶」→②「石岡久彌は本年も「青春」を追い続けます」→③「この青春追求は私のモットー(理想像、座右の銘)であり、また、自戒・自分への叱咤激励であって、他人様に「おせっかい」を申すものではありません」→④「具体的には青春の姿として本年も「ブレ」ずに、「腐り切り、大ウソ付き」の福山行政及び市議会の改革・改善に尽力致します」   
(2)御挨拶:全国の読者の皆様、明けましておめでとうございます。輝かしい新年をお迎えになられた皆様の、素晴らしい本年を衷心より御祈念申し上げます。私の方は本早朝、朝起会に参加し、その後は美味しい「雑煮」を頂きました。さて皆様には本年も「福山維新の会」並びに「石岡久彌」を宜しくお願い申し上げます。本日元旦のテーマは昨年に引き続いて「本年も「青春」を追い求めたい」というものであります。
(3)本論(本年も「青春」を追い求めたい)
(ア)「かの有名なウルマンの感動的な詩「青春とは」」について 
以下にウルマンの詩全文を紹介させて頂きます。    
「青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、その人は若いのだ。感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。そのような人は神のあわれみを乞うしかない。」
(イ)小生コメント
yahooを検索してみますと、「サムエル・ウルマンによって書かれた不朽の名詩「青春の詩」は、戦後の日本人に勇気と希望を与え、高度経済成長の原動力の一つにもなったと言われています。詩の内容からして産業界のトップリーダーを始め、中高年層に愛好者が多かったようですが、「千の風になって」で話題になった作家・作曲家新井満氏の新訳の影響でしょうか、最近は若い世代の愛好者も増えてきているとのことです。」とあります。私も本件ウルマンの詩を再読して「新たな感動」をおぼえるとともに我が「福山維新の会」及び石岡久彌として新たな決意を胸に秘めている次第であります。その決意とは「腐り切った・気違い染みた」福山政治を改革するために、行政及び市議会の体質改革・改善と活性化に向けて、更に一段と尽力することであります。「敵は千万人といえども我行かん」の心意気・気概をもって奮励努力致す所存でありますので、倍旧の御声援等を宜しくお願い申し上げます。余談となりますが、私は昨年末(12/29・30・31)市内の主要地域において「年末の御挨拶」を街頭演説致し、本日元旦からは約10日間を掛けて連日、多くの市内地域において隈なく「新年御挨拶」を街頭演説する所存でありますので私を見掛けた際には声を掛けて頂ければ幸甚であります。
                           (以上です) 

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「親愛なる」全国の読者の皆様へ!!
H。31.1.1 福山市議会議員
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:①「新年御挨拶」→②「石岡久彌は本年も「青春」を追い続けます」→③「この青春追求は私のモットー(理想像、座右の銘)であり、また、自戒・自分への叱咤激励であって、他人様に「おせっかい」を申すものではありません」→④「具体的には青春の姿として本年も「ブレ」ずに、「腐り切り、大ウソ付き」の福山行政及び市議会の改革・改善に尽力致します」   
(2)御挨拶:全国の読者の皆様、明けましておめでとうございます。輝かしい新年をお迎えになられた皆様の、素晴らしい本年を衷心より御祈念申し上げます。私の方は本早朝、朝起会に参加し、その後は美味しい「雑煮」を頂きました。さて皆様には本年も「福山維新の会」並びに「石岡久彌」を宜しくお願い申し上げます。本日元旦のテーマは昨年に引き続いて「本年も「青春」を追い求めたい」というものであります。
(3)本論(本年も「青春」を追い求めたい)
(ア)「かの有名なウルマンの感動的な詩「青春とは」」について 
以下にウルマンの詩全文を紹介させて頂きます。    
「青春とは人生の一時期のことではなく心のあり方のことだ。若くあるためには、創造力・強い意志・情熱・勇気が必要であり、安易(やすき)に就こうとする心を叱咤する冒険への希求がなければならない。人間は年齢(とし)を重ねた時老いるのではない。理想をなくした時老いるのである。歳月は人間の皮膚に皺を刻むが情熱の消失は心に皺を作る。悩みや疑い・不安や恐怖・失望、これらのものこそ若さを消滅させ、雲ひとつない空のような心をだいなしにしてしまう元凶である。六十歳になろうと十六歳であろうと人間は、驚きへの憧憬・夜空に輝く星座の煌きにも似た事象や思想に対する敬愛・何かに挑戦する心・子供のような探究心・人生の喜びとそれに対する興味を変わらず胸に抱くことができる。人間は信念とともに若くあり、疑念とともに老いる。自信とともに若くあり、恐怖とともに老いる。希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。自然や神仏や他者から、美しさや喜び・勇気や力などを感じ取ることができる限り、その人は若いのだ。感性を失い、心が皮肉に被われ、嘆きや悲しみに閉ざされる時、人間は真に老いるのである。そのような人は神のあわれみを乞うしかない。」
(イ)小生コメント
yahooを検索してみますと、「サムエル・ウルマンによって書かれた不朽の名詩「青春の詩」は、戦後の日本人に勇気と希望を与え、高度経済成長の原動力の一つにもなったと言われています。詩の内容からして産業界のトップリーダーを始め、中高年層に愛好者が多かったようですが、「千の風になって」で話題になった作家・作曲家新井満氏の新訳の影響でしょうか、最近は若い世代の愛好者も増えてきているとのことです。」とあります。私も本件ウルマンの詩を再読して「新たな感動」をおぼえるとともに我が「福山維新の会」及び石岡久彌として新たな決意を胸に秘めている次第であります。その決意とは「腐り切った・気違い染みた」福山政治を改革するために、行政及び市議会の体質改革・改善と活性化に向けて、更に一段と尽力することであります。「敵は千万人といえども我行かん」の心意気・気概をもって奮励努力致す所存でありますので、倍旧の御声援等を宜しくお願い申し上げます。余談となりますが、私は昨年末(12/29・30・31)市内の主要地域において「年末の御挨拶」を街頭演説致し、本日元旦からは約10日間を掛けて連日、多くの市内地域において隈なく「新年御挨拶」を街頭演説する所存でありますので私を見掛けた際には声を掛けて頂ければ幸甚であります。
                           (以上です) 

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「親愛なる」全国の読者の皆様へ!!
H。30。12。24
 福山市議会議員
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1) 本日のテーマ:①「福山市議会の「痛い・癌部分」を記事にした中国新聞」→②「同新聞は今回、珍しく市議会の腐り切った部分を紹介・明記し素晴らしい」→③「その内容は1つ目に市議会は民意を吸い上げる努力をしているのか?旨の指摘」→④2つ目に市議会は執行部の単なる追認機関に成り下がっている旨の指摘」→⑤「これらの指摘の根源は言うまでも無く、市議会自身の「怠慢」「無責任」にある」→⑥「その良い例は改善・改革の感性・感覚が麻痺し愚鈍な「早川議長」が、この記事を読んでも特段、何も感じないという「豚に真珠」の感性にある」→⑦「解決策は市民が声を挙げ、また、競争の激しい市議会議員選挙を起こさせ現職議員を「ふるい」に掛けることしか無い」

...

(2) まえがき
 去る12/18付の中国新聞は「地方議会は今」というコラムで「民意くみ取る力模索」旨の見出しで記事を掲載しております。同新聞は従来、行政及び市議会に「ビビり」、彼らに耳障りの良い「情報の垂れ流し」(批判記事を掲載しなかった)に終始していたが、今回は取材を通じて議員達の声・意見を吸い上げ、もって市議会の腐り切った部分を紹介・明記している点は素晴らしい(但し、同社として堂々とコメントしていないのは寂しく、残念であるが)。以下、同記事の要点並びに私のコメントを紹介致し、福山市民のみならず全国の読者の皆さんの御参考になれば誠に幸甚であります。

(3) 本論(福山市議会の「痛い・癌部分」について)
(ア)「市議会は民意を吸い上げる努力をしているのか?旨の指摘」について
 本新聞はこの件に関し、「枝広市長は地域の実情や住民ニーズをつかもうと車座トークを行なっているが、これに対して市議からは「いいことじゃないの」「参加者も限定されとる。パフォーマンスよ」旨の賛否が交錯する。他方である中堅市議は「自分達は「パイプ役として民意を吸い上げる努力をしているのか」旨の危機感を募らせる」と報じております。
(イ)「市議会は執行部の単なる追認機関に成り下がっているが、原点に返り政策提言を行なうべし旨の指摘」について
本新聞はこの件に関し、「課題が山積みしているのに「市議会は執行部の単なる追認機関となっている」との思いが消えない」とか、枝広市長による外部人材の積極的活用で「市議会の存在が問われる場面が増えたと痛感する」旨の議員達の声を報じております。他方、政治学の某准教授は「議会がチェック機能に甘んじていては不可で、議員が政策提言すべし(趣旨)」と説いている旨を報じております。
(ウ)石岡久彌のコメント
 上記のような点は今更マスコミに指摘されるまでも無く議員達は百も承知であるにも係わらず、自分達が今までそれを口に出し議論して来なかった「怠慢」「無責任」が大問題であると確信します。その最も分かり易い例としては早川議長がこの記事を読んでも何も感じないという「豚に真珠」の実態を挙げることが出来ます。すなわち先般、私は同議長と話し合いをした際、本件記事を1つのテーマとし、同議長にこの記事に関する議長としての感想を尋ねました。これに対して同議長は「それがどうかしたのですか?」のような無味乾燥な顔付きをし、私に逆質問をして来ました。世の中には「一を聞いて十を知る」という明言がありますが、この議長は「十を聞いて一を知る」というタイプの愚鈍な議長であると、過去の数々の情けない同議長の経緯を踏まえ再認識致しました。議長として「恥ずかしさ」も感じず、他方で「行政の番犬」の市議会、長いものに巻かれ「烏合の衆」と化した市議会を改革・改善する意欲も能力も無い議員が議長となり、のぼせ上がった様は何をか言わんの現状にあります。そこで市民の皆さんに対しては我が市改革・改善のために、チョットばかり元気を出し声を挙げて欲しいと要望致します。何故なら先日、某市民の投稿されたFB記事に対して私が「市民はどうしたら声を出す・出せるようになると思われますか?何が原因で市民は声を出さないのでしょうか?」旨を質問・投稿したのに対して第3者の某市民が、①「声を出すと、嫌われて、怖がられて、悪口言われて。 そのわりにはな~んにも実らない。 これが福山」及び②「声を出すと日大と解放同盟に睨まれ、「居心地悪くするど!」みたいな非通知掛かってくる福山です」との答・コメントをされておりましたから。この答えは市民の代表的な答えと思われます。市民の心情等を把握・再確認する上でこの答えを聞けたことは誠に貴重なものでありますが、他方で、「市民の皆さんには何とかして欲しい」と要望する次第であります。何故なら、「同和が怖い、部落開放同盟が怖い」は昔の話であり、トラウマであるからであります。私は昨日の街頭演説(枝広市長による部落開放同盟・同和の極端な「エコヒイキ」旨のテーマ)を含め過去約10年間、部落開放同盟・同和を徹底的に批判して来ましたが、過去一回も、電話を含め脅迫されたことはありません。他方で我々一般市民の方こそ逆差別(彼等は過去約50年間、多大な優遇を受けた)を受けてきたと確信しております。
(以上です)

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