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「親愛なる」読者の皆様へ!!
H。 26. 12. 04
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:「福山市民の皆さん!! 皆さんは、我が「福山維新の会」の同和政治撤廃活動を、①無駄骨で、②「アホ」なこととして、あざけり嗤(わら)っておられるのでしょうか?」
(2)御挨拶: 読者の皆様、お早う御座います。いよいよ衆議院議員選挙が始まりました。国民及び福山市民は立候補者・政党のケツを叩きながらも積極的に投票に参加し、国民自らの手で世界に冠たる我が国の創生を目指したいものであります。ところで昨日(12/03)は、1045日目としての「福山維新の会」広報活動を行ないました。このような中、皆様からは、①「石岡久彌」FB記事、②「福山維新の会」FB記事、に対する「いいね」等を沢山賜りまして、本当に有難う御座います。引き続き、「何卒」宜しく御願い申し上げます。
(3)本論: さて、本日は、上記のテーマ、すなわち、「福山市民の皆さん!! 皆さん
は、我が「福山維新の会」による「同和政治撤廃」の「言い続け」活動を、①
無駄骨で、②「アホ(やっちゅも無いーーー福山弁)」なこととして、あざけり
嗤(わら)っておられるのでしょうか?」につきまして、小生の見解を以下に
紹介させて頂きます。
福山市民以外の読者の方も「チョット」だけでも読んでやってくれませんか!!
(ア)月刊誌「致知」(2015年1月号特集「堅忍不抜」)抜粋
下前 宗近さんが、昨日、自己のFB記事として紹介された、上記月刊誌「致知」の中で、、新浪剛史氏(サントリー新社長)は、「リーダーは、同じことを信念を持って「言い続け」ることができるかだ。極端な話、「狂」になるくらい、自分の信じることを「繰り返す」ことです」旨を述べておられます。
(イ)上記記事に対する小生コメント
(a) 結論から申し上げますと、小生は、新浪剛史氏の御意見には全く同意であります。リーダーたる者は、古今東西、或いは、業種・業態を問わず、自己に与えられた責務から来る重圧の中で、本来、「孤独」に打ち克ちながら職務を遂行する立場にある人と確信致します。そしてその職務が、過当競争という厳しい環境下であればある程、リーダーは、自己の透徹した見識・経験等に裏付け確立された、①企業目的・目標、②企業理念、③企業戦略等を、「信念」として下部組織・部下に「繰り返し」「言い続け」、徹底されなければ所期の目的・目標を達成することは困難と思料されます。
(b)ちなみに、我が会は、上記新浪剛史氏の足元にも及びませんが、それでも「真善美」を活動理念としながら、「同和政治の撤廃・決別」を47万人福山市民に「愚直」に(1000日を越えた街頭演説等の場で)、且つ、徹底して言い続け、訴え・啓蒙している政治団体であります。「同和政治」を撤廃しながら、他方で、福山の「お宝」の最大限活用により、「日本一の福山」創生を「活動目標」として努力致しております。
(c)ここで、我が会が継続しております街頭演説につきまして、上記「信念を言い続ける・繰り返す」ことの実態を少しばかり紹介させて頂きます。街頭演説といえば、皆さんには極簡単なことのように思われるかも知れませんが、「聞いて貰ってなんぼう」の世界であります。幾ら我が方がマイクを握り、得意げに、大声でしゃべってみても、誰も聞いてくれなければ、1000日も続きません。ですから、我々は演説に際しては、①テーマの選定、②場所の選定(駅前、主要交差点、歩行者・住民の多い所等)、③対象の選定(歩行者、ドライバー等乗車者、住民、企業・店舗等従業員、生徒・学生等)、④時間帯、⑤しゃべり方(論理的発言、結論からしゃべる、ト-ンの抑揚等)、⑥マイクの音量、⑦視聴者への機微な対応等を常に現場の状況に適合するよう配意しております。とりわけ、テーマについては、同一場所では同一テーマは、せいぜい2回位とし、聞き手からの「バカの一つ覚え」旨の批判・忌避防止に努めながらも、今日の本題であります「信念の言い続け」を果たすべく、テーマという表紙を巧みにかえながら、また、世の中の話題・重要事項を演説内容に混ぜ込みながらも、本質・本題は常に「繰り返し」「言い続け」という態度を堅持しております。
(d)以上のことから、我が会は圧倒的多数の市民が「福山維新の会」の同和政治撤廃活動を、決して①無駄骨で、②「アホ」なこととして、あざけり嗤(わら)っておられないものと確信致しております。否、全く逆に、市民は腹の中で、一時も早く、同和を終わらせて欲しいと切望しているものと、自分たちは「狂」になるくらい信じております
(4)結言
市民の皆さんも、我々に交じって街頭演説されてみませんか!!世の中が変わって見えるようになられることと確信致します。市民の一人でも多くの方が、街頭演説により、言いたいこと(本音や正論等)を自由にしゃべれるような雰囲気の街に我が福山を変えることができれば(同和政治の撤廃が必須)、間違いなく福山は元気のある街へと変貌できることでしょう。最後の最後に、我が会の街頭演説を、また、「のぼり」を目撃された場合には、手を振り、声を掛け、笑いかけ、また、車のクラクションを鳴らして頂けませんか。金は掛かりませんよ。なお、今回の選挙期間中(12/2~14)は、我が会の演説・ノボリ携行は公職選挙法により禁止されており、しておりませんので御承知下さい。
長文の駄文を最後までお読み頂き深謝申し上げます。 以上です。
「親愛なる」読者の皆様へ!!
H。 26. 12. 01
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:「韓国の「恥の文化の欠如」を日本人及び福山市民は、「他山の石」としなければ、勿体無いのでは?」
(2)御挨拶: 読者の皆様、お早う御座います。いよいよ12月に突入致しました。衆議院議員選挙は明日(2日)が公示、14日が投開票であります。国民及び福山市民は、投票には必ず行くべきと考え、適任の候補者・党が見つからないのであれば、「白票」を投じれば良いと思料致します。ところで昨日(11/30)は、1042日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。このような中、皆様からは、①「石岡久彌」FB記事、②「福山維新の会」FB記事、に対する「いいね」「コメント」等を沢山賜りまして、本当に有難う御座います。引き続き、「何卒」宜しく御願い申し上げます。なお、追記となりますが、今般、我が「福山維新の会」は、評価が「4.5→5」星となりました。この場をお借りして皆様に深く御礼(とりわけ、本件に大なる御尽力・御貢献を頂いた池田浩志さんに深謝)を申し上げます。
(3)本論: さて、本日は、上記のテーマ、すなわち、「韓国の「恥の文化の欠如」を日
本人及び福山市民は、「他山の石」としなければ、勿体無いのでは?」
につきまして、小生の見解を以下に紹介させて頂きます。
「チョット」だけでも読んでやって下さい!!
(ア)産経新聞記事(11/29 、第1面「産経抄」)抜粋
本件抜粋の要点は、 「ーーー①つい最近も厳原港で、対馬南署員が釜山行きの船に乗り込む寸前の「仏像泥棒」を捕まえた。嘆かわしいことに犯人グループには、70歳になる寺の住職も含まれていた。②韓国では、キリスト教系を名乗る数多くのカルト宗教が跋扈しているが、仏教よお前もか。仏教では、「四重禁」として出家者に殺人や盗みなどを厳しく禁じている。古希にもなって易々と戒律を破るとは、これまでどんな修業をしてきたのだろうか。③米国や中国には頭が上がらぬが、対馬や日本に対しては、何をしてもいい、という気分が仏像泥棒だけでなく、韓国社会全体に蔓延している。加藤・前ソウル支局長の乗った車に生卵をぶつけ、ボンネットに寝そべるなどして走行を妨害したならず者たちもしかり。④もっと驚かされたのは、韓国警察が、首都のど真ん中、しかも裁判所敷地内での狼藉を全く取り締まらなかったことである。昨日になってようやく重い腰を上げたが、お隣の国は、民主主義国家どころか法治国家といえるかさえ怪しくなっている。ーーー」というものであります。
(イ)上記記事に対する小生コメント
①韓国については、上記記事内容に付け加えるに、先般の旅客船の沈没を含めた各種事故の発生等に伴い、倫理観・責任感・リーダーシップ欠如等が問われ、もって「恥の掻き放し」が続いている感がします。
②一方で、我が国においても、弱腰外交、政治と金、今回の衆議院選挙に絡む国会議員達の集合離散・鞍替え、各種の癒着、いじめ・虐待、高齢者による万引きの増加、公務員による不祥事の多発等、韓国の恥さらしとはレベル・内容が異なるとは言えるものの、「恥の掻き放し」が続いています。
③更に、我が福山市の政治の場合にも、過去数年だけでも数多くの恥曝しが発生致しました。本日は重複をさけるため、それらの各種の恥曝しには触れませんが、一点だけ題材にしたいと思います。それは「同和政治」であります。民主主義の我が日本の中において、過去約60年間を踏まえ未だに、且つ、全国の中で我が福山市民だけが、「基本的人権たる「言論の自由」を奪われている」事態は、誰が考えてみても異常であり、将に福山は(政治も市民も)全国へ恥晒ししております。
④余談となりますが、ルーズ・ベネディクトが、「菊と刀」という書籍の中で
「日本人の「恥の文化」」に触れました。日本には、韓国とは異なった素晴
らしい文化(「恥の文化」を含む)・伝統等があり、我々はそれを絶やす事
無く、受け継いでいく心構えが極めて重要と考えます。「韓国の「恥の文
化の欠如」を日本人及び福山市民は、「他山の石」とし、もって他人の振り
見て我が振りを正さなければ、余りにも勿体無いと思料されます。
(4)結言
福山市民の皆さん!!耳に「たこが出来る」程の毎度の繰り返しとなりますが、早期に「同和政治」を撤廃して、もって福山の「恥を排除」し、名誉ある福山を再構築・創生(「日本一の福山」の創生)しましょうよ。その為には、改革派の市長及び市議会議員の擁立が必須であります。、
長文の駄文を最後までお読み頂き深謝申し上げます。 以上です。
「親愛なる」読者の皆様へ!!
H。 26. 11. 22
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:「福山市民の皆さん、「高倉健」の「義理と人情」をベー
スに、「同和に対するトラウマ」から一時も早く脱却し、
「日本一の福山」を創生しませんか!!
(2)コメント(前言):昨日、衆議院は解散し、本日から選挙戦がスタートとなりました。野党にあっては与党一強を打破せんと遅巻きながらの各種画策が本格化しておりますが、さはさりながら、そこには党利党略及び議員個人の再選等が最重要視され、何時まで経っても、①国益、②国民目線の政治が到来しようとしません。そこで小生が思うのは、やはり、国民・市民による「自助努力」の重要性であります。その例として、①国民が政治に関心を持ち、しっかりとした見識を持って議員・政党の選出及び政策提言を行なうこと、②我が福山市(広島県東部所在、人口47万人)の政治の場合、「日本一最低」の福山政治(同和政治が原因・原点)を打破するには、結局は福山市民一人一人が「同和に対するトラウマ」から早期に脱却するということ(「同和が怖い」は昔の話で、現在では「虚像」であるから)が最も重要と考えます。そこで読者の皆様も12月の選挙を通じて、皆さんがお住まいの「地方創生」を少しばかり考えられてみませんか?ひょっとしたら、何かのトラウマ(災害、暴力団、悪徳業者等?)があって、政治課題となっているかも知れません。その意味合いからも下記本稿をお読み頂けたら幸甚であります。
福山市以外にお住みの方も「チョット」だけでも読んでやって下さい!!
今晩は。
昨日(11/21)は、1033日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を「伊勢丘」等で行ないました。ところで、皆様からは、日頃、①「石岡久彌」FB記事、②「福山維新の会」FB記事、に対する「いいね」「コメント」を沢山賜りまして、本当に有難う御座います。引き続き、「何卒」宜しく御願い申し上げます。
さて、本日は、上記のテーマ、すなわち、「福山市民の皆さん、「高倉健」の「義
理と人情」をベースにトラウマから一時も早く脱却し、「日本一の福山」を創生
しませんか!!」につきまして、小生の見解を以下に紹介させて頂きます。
(1)まず、トラウマについてですが、Yahooを検索しましたところ、「トラウマとは、外的内的 要因による衝撃的な肉体的、精神的な衝撃を受けた事で、長い間それにとらわれてしまう状態で、また否定的な影響を持っていることを指す。」旨が記述されております。
(2)次に福山地区の「同和に対するトラウマ」ですが、同和の人達による、過去長年に亘る集団監禁・暴言・恫喝等及びこれらが起因となった高校長自殺事件等が、他の多くの一般の人達に、「同和は怖い」旨の恐怖心を、煽り、植え付けた結果、現時点でも、同和は怖いと「トラウマ」に掛かっている市民は多数存在します。
(3)しかしながら、現在の「同和は怖い」という状態は、以前とは相当異なっているように見受けられます。
その理由は、(ア)昨今、小生は一般市民から、自分達が同和の人達より上記の集団監禁・暴言・恫喝等を受けたという話を直接聞いたことが無いから、(イ)小生自身が街頭演説(過去約3年間)等において、「同和政治の撤廃」を声高らかに唱えているにも係わらず、全く被害・暴言等を受けたことが無いから、(ウ)過去10年位の間において、同和政治の撤廃を実行・唱えた政治家等(例えば、府中市の前市長として12年間、同和政治を完璧に排除した伊藤氏)も被害を全く受けていないから、(エ)小生が約1ケ月程前に会った、同和関係者(コミュニセンター勤務者、生涯学習センター勤務者等)との対話の中で、同和の人達は現在では過去からの同和優遇政策により満足している状態にあり、一般市民を怖がらせるようなことはしないと感じられたから、等であります。
(4)実は小生は、「同和は怖い」旨を言い触らしている市民活動家が問題であるとの認識をもっています。これら活動家は、同和の人達が、OO、××等をしたという言い方をしていますが、昔の話であったり、或いは、眉唾のような話を自慢げに、得意げに行なっていると感じております。
(5)最後に、再度、市民の皆さんに、「「高倉健」の「義理と人情」をベー
スにトラウマから一時も早く脱却し、もって「日本一の福山」を創りまし
ょう!と、声を大にして申し上げます。高倉健さんは、先日、我々に多く
の素晴らしい遺産を残してあの世に逝かれました。その一つが、「義理と人
情」でありますが、我々福山市民は、本「義理と人情」を大切にし、子
供達のためにも、同和に対するトラウマから早期に脱却して(「同和が怖い」
は昔の話で、現在では「虚像」であるから)、日本一の福山を是非、創りた
いものであります。
長文の駄文を最後までお読み頂き深謝申し上げます。 以上です。
「親愛なる」読者の皆様へ!!
H。 26. 11. 28
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ:「我が福山市には、そんなに人材がいないのだろうか?←来る12月の衆議院議員選挙立候補者の中で、2/3は、落下傘候補者である」
(2)御挨拶: 読者の皆様、お早う御座います。11月も押し迫って本年も余すところ約1ケ月となり、その上、12月には衆議院議員選挙が控える今日この頃、何となく気忙しい感が致します。ところで昨日(11/27)は、1039日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。このような中、皆様からは、①「石岡久彌」FB記事、②「福山維新の会」FB記事、に対する「いいね」「コメント」等を沢山賜りまして、「感謝」「感謝」「感謝」にたえません。引き続き、「何卒」宜しく御願い申し上げます。
(3)本題: さて、本日は、上記のテーマ、すなわち、「我が福山市(人口47万人、広島
県内市町別第2位の人口)には、そんなに人材がいないのだろうか?」につ
きまして、小生の見解を以下に紹介させて頂きます。
福山市以外にお住まいの方も、ある意味で共通テーマでありましょうか
ら、「チョット」だけでも読んでやって下さい!!
(ア)まず、先日、マスコミは、来る12月の衆議院議員選挙に際して広島第7区(福山地区)では、民主党から村田享子氏(31歳、新人、鹿児島市出身、東大法学部、参議院議員秘書)が出馬する旨を報じました。なお、民主党は前回、地元である福山出身の和田氏(約50歳、現役、東大卒)を出馬させましたが、和田氏は自民党から出馬した小林氏に破れ落選致しました。
(イ)このことを受けて、現時点におきましては、福山地区からの立候補予定者は
合計3名ですが、その内訳として、①福山出身者は1名(小林・現職自民党)、
②落下傘は2名(1名が上記の村田氏、他の1名が坂元・現職次世代の党)で
あり、もって2/3は、落下傘候補者であるという状況にあります。
(ウ)さて、落下傘候補者の状況は上記の通りですが、小生は落下傘が悪いということを言いたいがために、目下、このような記事を書いているのではありません。その証拠に、我が「福山維新の会」は、設立時(約4年前)から、次期福山市長として「落下傘市長」擁立を我が会の活動「目標」に掲げ、現在まで活動して来たからであります。さはさりながら、福山市長の場合には、直接、同和政治に携わる関係上、しがらみの無い落下傘市長が適任であることに対して、国会議員の場合には市長を援助して同和政治の撤廃を図れば済む事から、地元福山出身者で十分に同和政治撤廃に貢献できると考え、もって、多過ぎる落下傘国会議員候補者に違和感を覚えるということを云いたいのであります。
(エ)では、どうしたら良いのでしょうか?その答えは、「福山出身者が各政党中枢の中で、良い評価を得ること」だと思われます。このためには、福山市民の団結(最小限でも政党内毎に、或いは、類似の思想等を有する者同士毎に)が重要と考えられます。現状は、バラバラ(福山市民には口先だけの「お山の大将」が多過ぎ、また、市民間の足の引っ張り合いが多過ぎる旨、市民自らが嘆き・物語っている)のため、各政党中枢において評価されておらず、福山市民をアテに・信頼できないとして落下傘候補者を送り込んできているものと思料されます。
(オ)他方、我が福山市出身者には、本来、有能な人材は沢山いますが、その内、多くの者は福山を出払ったままで、福山へUターンして帰って来ません。その理由には種々ありますが、一言で言えば福山に魅力が無いことなのでしょう。
(カ)ですから言えることは、市民が団結して、福山を出払った適任・優秀者をUターンさせ、そして彼等を担ぎ出せば、そこには我が福山にも立派な国会議員候補者を選出できるということではないでしょうか?つまりは、落下傘候補者が多過ぎるという問題は各政党中枢の考え方にあると言うよりも、やはり、我々市民の問題だと確信します。福山は、今、草刈場になっています。豊かな・美味な牧草を我々市民自身が刈り取り、自分達の物(餌等として活用)とするのでは無く、他人が福山にやって来て、美味しい草を刈り取ってしまうという「草刈場」は、何ともやり切れないと思うのは私一人でしょうか?
(キ)最後に、福山が多くの分野で脱皮(本件国会議員の福山出身者からの選出のみならず、同和政治の撤廃を含めて)し、まともな街になるために重要なことは、①「恥の文化」を大事すること、②福山市民としての「名誉と誇りとプライド」を回復すること、であると確信致します。「市民の皆さん、何とかしませんか、何とかしましょうよ!!」
長文の駄文を最後までお読み頂き深謝申し上げます。 以上です。
「親愛なる」読者の皆様へ!!
H。 26. 11. 25
「福山維新の会」代表 石岡久彌
(1)本日のテーマ: 「「政治は難しい」と言う国民・市民が多いと思われますが、本当に政治は難しいのでしょうか?」ーー→結論「政治は難しい分野が確かに一部には存在するでしようが、国民・市民は政治関心度の向上により政治を勉強して理解・判断しない限り、結局は政治屋達に食い荒らされ、残るのは、国・地方の終焉のみなのでは無いでしょうか!!」
(2)御挨拶: 読者の皆様、お早う御座います。本日は生憎の天気模様ではありますが、どうぞ、充実した良き日をお送り下さい。昨日(11/24)は、1036日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。このような中、皆様からは、①「石岡久彌」FB記事、②「福山維新の会」FB記事、に対する「いいね」「コメント」を沢山賜りまして、本当に「有難う」「有難う」「有難う」御座います。引き続き、「何卒」宜しく御願い申し上げます。
(3)本題: さて、本日は、上記のテーマ、すなわち、「「政治は難しい」と言う国民・市民が多いと思われますが、本当に政治は難しいのでしょうか?」につきまして、小生の見解を以下に紹介させて頂きます。
福山市以外にお住まいの方も、共通テーマでありましょうから、「チョット」だけでも読んでやって下さい!!
(ア)まず、政治と一言で言っても、①国政と②地方政治では担任業務上、大なる差があり、我々一般の国民・市としても、理解・判断するに際して難しさの度合いも異なるものがあろうと思われます。ところで、何故、多くの国民・市民が一般的に政治を難しく感じるのだろうかと考えてみました。その要因として挙げられることは、
①そもそも、政治無関心であるから(命まで取られると考える人が少ないから)、②政治にある程度の関心があっても、自己の目先の仕事等に熱中・没頭したくて、政治を考える余裕が少ないから、③政治が妥協(国内外の要人の間の)の産物であり、また、癒着(政治・各種業界・官庁・各種団体・有識者等の間の)の産物であったりして、経緯・結果が良く見えず・理解できず、分かり難いから、④専門用語が飛び出してきて、分かり難いから、⑤憲法・法律の解釈変更をし、分かり難いから、等と思われます。
(イ)次に上記理由の中で最も重要視すべき要因は、①政治無関心であるから、という要因だと考えます。政治無関心とは、政治を理解する能力が無くて無関心なのでは無くて、①良い意味では、善良な・お人好し人間(政治家に任せたと言う人間)を、②悪い意味では、無責任極まる人間(どうせ、誰が政治家になっても、何も変わらないと言う人間)のことを言っているように思われます。ここで、重要なことは、「政治無関心」が、①過去、何をもたらしたか、②現在、何をもたらしているのか、③将来、何をもたらそうとしているのか、を考えてみることだと思います。そして、政治無関心は、結局は、自己・党派の利益・利潤を追及獲得する「政治屋」(政治家では無くて)を更に生み・育て、もって、彼等が「白あり」となって、我々国民・市民等が収めた血税をむさぼり、食い荒らし、国・市町村を崩壊へと導いていくことを、更に肝に銘じることが極めて肝用と考えます。
(ウ)では、我が福山市(広島県東部所在、人口約47万人で県内第2位)の状況を読者の皆様に端的に紹介致しましょう。本件については、過去何度と無く、小生FB並びに「福山維新の会」FBにおいてテーマを変えながら述べてきましたので、以下は要点のみの紹介です。すなわち、我が福山市の選挙投票率は全国最低である旨を断言できると言っても過言では無いと確信します。すなわち、約2年前の市長選挙の投票率は約23%であり、市民の1/4しか投票に行きませんでした。如何に市民の政治関心度が低いかが容易にお分かり頂けたことと思います。では、福山市は立派な街だから、市民は政治に無関心なのかと問われると、「NO」がその返事であります。何故なのか、理由は上記のものと重複致しますが、安全(現実は安全ボケ)・裕福・気候温暖な生活の中で、政治不信感が充満し、白けきっているからと思料しております。このような我が福山での政治の最大特徴は、「同和政治」であり、これは、①過去60年間も現在に至るまで続いており、また、②全国で唯一我が市で行われているものであります。同政治の市民に及ぼす悪影響は、①言論の自由の剥奪、②「逆差別」にありますが、一般市民は、概して「言は猿」「聞か猿」「見猿」であります。また、同政治の長期的悪影響は、若者達が「同和政治」に悲観して、街を出て行き、「ゴースト・タウン」になる危惧であります。
(エ)結論:「政治は難しい分野が確かに一部には存在するでしようが、国民・市民は政治関心度の向上により政治を勉強して理解・判断しない限り、結局は政治屋達に食い荒らされ、残るのは、国・地方の終焉のみなのでは無いでしょうか」。そして我が福山は、市民が政治に関心を持ち、「同和政治」から一時も早く脱却しないと「同和政治」で食い荒らされ、ゴースト・タウンの末路が待ち受けているのみと考えます。
長文の駄文を最後までお読み頂き深謝申し上げます。 以上です。
