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昨日(3/10)は53日目としての市内広報を行ないました。さて本日は昨日に引き続き第2回目として、「大阪維新の風が福山にどのような・どの程度の風を吹かすのか?(その2)」と題して以下、述べます。まず、昨日述べました通り、大阪市は、短期間のうちに眼を見張る大改革に着手し今後これを拡大することでしょう。福山はこれを「他山の石」として、見習うべき点は素直に・力強く見習うのが賢明と思われます。そこで次に重要なポイントは我が福山市民がこれをどのように受け止めるかでありましょう(昨日記述した「良い影響を受ける」のは間違いないが、その受け止め方の態度・程度が問題)。すなわち、多く(約8割)の福山市民は恐らく、「橋下市長のような人が福山にも是非現れて欲しい」の願望を有していることでしょうが、①それを単なる「無いものねだり」「羨望の眼差し」で終わせてしまうのか(そのような人材がよしんば日本中で見つかっても「最小限福山市民10万人の賛同者」無くして、いとも簡単に福山に来てくれる筈が無い故)、②それとも「俺も・私もやる」と決意し、自分達でそのような人材を担ぎ出し(「最小限福山市民10万人の賛同者」を獲得して)市長に祭り上げる程の熱意溢れる努力をするかが大きな分かれ目となることでしょう。そこで真価を問われるのが、福山市民の「知・情・意」(換言すれば「民度」)のレベルだと思われます。すなわち、①市民が真剣に福山改革を望み(知・情)、②この結果、新市長の擁立しか道は無いとして立ち上がり、新市長を担ぎ出し当選させる旨の意思を早期に示せば(意)、新市長誕生は可能となります。以上、要するに、「大阪維新の風が福山にどのような・どの程度の風を吹かすのか?」の答えは、実は風の受けて(福山市民)の手の平にあり、それは将に福山市民の「知・情・意」(換言すれば「民度」)に帰一すると言えそうです。「豚に真珠」と成らさせないためには、福山市民の「自助努力(新市長の担ぎ出し)」が最終的な決め手となるでしょう。