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昨日(3/11)は54日目としての市内広報を行ないました。さて本日は「金のかからない選挙」について以下、皆さんと考えてみましょう。まず、3/2付の某紙は、「明るい選挙推進大会開く」と題して、「3/1、福山市議会議員選挙で公正な選挙が行なわれることや投票率の向上を目的とした「福山市明るい選挙推進大会」が、福山市役所で開かれた」旨を報じています。公正な選挙の推進については全く同意であります。一方、投票率の向上については総論として同意でありますが、単なる「投票率の向上」については疑義を呈さざるを得ません。その理由は、程度の低い議員立候補者にいくら投票してみても「何の意味・意義があるのだろうか」との素朴な疑問を拭い切れないからであり、その証拠として過去の低い投票率がそのことを示しているからであります。そもそも選挙の目的は、適任者(程度の高い人材)を選び議会に送り込むことにあろうと思われますが、現在の選挙システムでは「金のある、程度の低い者」しか立候補できず、潜在的な優秀適任者が埋もれていることが最大の問題点と思料されます。金のかからない選挙により適任者が出馬できるよう現行システムを変えなければ福山は良くなりません。本質を脱し(良い議員を選ぶことを棚上げ)、無駄な税金を使用し、一方で、「体裁をつくろい、お祭り騒ぎ」の「本件推進大会」は、1種の「癒着・談合・馴合い」であろうと勘ぐられても反論は出来ないでしょう。そこで、次に、「金のかからない選挙のやり方」について触れてみたいと思います。金のかからない選挙については、(1)市負担経費(ポスター・選挙カー代等)の削減、(2)立候補者本人出費の削減の2つがあります。(1)に関しては、根本的には議員定数の削減(例えば、40名→20名)であります。(2)については、①市選挙管理委員会による立候補者選挙出費の規制・抑制(例えば、最大100万円まで)、②上記①を補完するため(前記規制・抑制による立候補者PRを補うため)、「広報ふくやま」及び「市議会だより」増刊号への立候補者記事の掲載、各種マスコミの立候補者記事の掲載等であります。我々市民が真剣に考えるべき課題と思います。
昨日(3/10)は53日目としての市内広報を行ないました。さて本日は昨日に引き続き第2回目として、「大阪維新の風が福山にどのような・どの程度の風を吹かすのか?(その2)」と題して以下、述べます。まず、昨日述べました通り、大阪市は、短期間のうちに眼を見張る大改革に着手し今後これを拡大することでしょう。福山はこれを「他山の石」として、見習うべき点は素直に・力強く見習うのが賢明と思われます。そこで次に重要なポイントは我が福山市民がこれをどのように受け止めるかでありましょう(昨日記述した「良い影響を受ける」のは間違いないが、その受け止め方の態度・程度が問題)。すなわち、多く(約8割)の福山市民は恐らく、「橋下市長のような人が福山にも是非現れて欲しい」の願望を有していることでしょうが、①それを単なる「無いものねだり」「羨望の眼差し」で終わせてしまうのか(そのような人材がよしんば日本中で見つかっても「最小限福山市民10万人の賛同者」無くして、いとも簡単に福山に来てくれる筈が無い故)、②それとも「俺も・私もやる」と決意し、自分達でそのような人材を担ぎ出し(「最小限福山市民10万人の賛同者」を獲得して)市長に祭り上げる程の熱意溢れる努力をするかが大きな分かれ目となることでしょう。そこで真価を問われるのが、福山市民の「知・情・意」(換言すれば「民度」)のレベルだと思われます。すなわち、①市民が真剣に福山改革を望み(知・情)、②この結果、新市長の擁立しか道は無いとして立ち上がり、新市長を担ぎ出し当選させる旨の意思を早期に示せば(意)、新市長誕生は可能となります。以上、要するに、「大阪維新の風が福山にどのような・どの程度の風を吹かすのか?」の答えは、実は風の受けて(福山市民)の手の平にあり、それは将に福山市民の「知・情・意」(換言すれば「民度」)に帰一すると言えそうです。「豚に真珠」と成らさせないためには、福山市民の「自助努力(新市長の担ぎ出し)」が最終的な決め手となるでしょう。
