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 6/22は518日目としての広報・街頭演説活動を行ないました。さて、本日(6/23)は、「マスコミによる高校野球論評に対する名将(蔦監督・元徳島県立池田高校野球部)の痛言」→「マスコミは高校野球現場を直視し、ありのままを伝えるべきである」→「ところで福山地区のマスコミは、福山政治の現実をありのまま伝えているであろうか?」について、述べてみます。
(1)まず、6/18付の産経新聞はP13「スポーツ茶論」欄に「名将の痛言を胸に刻んで」旨のタイトルで記事(津田俊樹氏執筆)を掲載しておりますところ、以下にその要点を紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)せつない季節が、また、やって来る。22日から夏の高校野球地方大会が南北海道と沖縄で開幕する。負けたら終り。敗退したチームのベンチ裏は愁嘆場に化すと言ってもオーバーではない。惜敗しようが、コールド負けしようが、球児たちは所かまわず号泣する。地べたにはいつくばり、背中を丸め、肩を震わせ、言葉にならない何かを叫ぶ。ーーーーー「ごめん、ちょっといいかな」と声をかけて取材のきっかけをつかむ。このタイミングがなかなか難しい。
(イ)高校野球と言えば、「汗と涙の感動のドラマ」というキャッチフレーズを思い出す。上っ面に流されると本質を見誤ることになる。昭和49年の選抜大会で、わずか11人で準優勝した徳島県立池田高校が「さわやかイレブン」と讃えられると、当時の蔦(つた)文也監督は次のように反発した。
(ウ)「さわやかでも何でもないんや。ワシのしごきがきついけん、ついていけんようになっただけじゃ」。厳しい練習に音を上げて退部していった部員がいたにも拘わらず、美談に仕立てあげた報道に我慢ならなかったのかもしれない。
(エ)今夏は第95回記念大会である。黄泉(よみ)の国にいる高校球界屈指の名将から再び叱責されないためにも、(小生注:新聞記者として)現実を直視し、ありのままを伝えることを肝に銘じたい。
というものであります。                                                                       
(2)次に上記記事に関連して小生(福山維新の会代表)コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは  
 (ア)まず、蔦監督の上記「美談に仕立てあげた報道」叱責は大変参考となり、他方で、本件を記事にし改善を誓った産経新聞の態度を賞賛したい。
 (イ)次に、福山地区のマスコミは、福山政治の現実をありのまま(解決策を含め)伝えるべきである。すなわち、我が福山地区では、
(a)マスコミは行政と癒着・馴れ合いし、誠に酷い福山政治・行政(言論の自由が無く、他方で恥・不名誉の塊等)の現実を意識的に「見ない」・「聞かない」し、振りをし、
(b)そして現実の政治上の問題点・課題、解決策を「言わず」「語らず」、一方で、行政発表(1次情報)の単なる垂れ流し・報道を行い、
(c)もって福山市民の政治に対する①無知(市民は言論の自由が無いことは十二分に承知しているものの、税金の無駄使いや不正・不公平が蔓延っていることや恥さらし、左寄り政策等の酷い政治・行政の実態・現実をよく知らない)をもたらし、②興味・関心を奪い、③改革意欲と知恵の芽を摘み、踏み躙っているのは、極めて問題である
   というものであります。(終り)

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 6/19は515日目としての広報・街頭演説活動を行ないました。さて、本日(6/20)は、「隠蔽体質が生んだ統一球問題」→「加藤コミッショナー及びNPBは野球ファン及び国民目線の仕事をしているのだろうか?」→「福山政治・行政にとり統一球問題は他人事か!!」→「福山政治・行政は市民目線の仕事をなすべきである」について、述べてみます。
(1)まず、昨今の各種マスコミは、「統一球問題」について、大々的に報道しております。その要点は、①日本野球機構(NPB)は統一球を黙って変更した、②選手らからの問い合わせにも「ボールに変更はない」と答え隠蔽の塊であった、③加藤良三コミッショナーは、統一球変更を知らなかったと釈明した、④12球団代表者会議ではNPBの責任追及の声はでず、他方で第3者委員会の設置を決めた等であります。細部については読者の皆さんの先刻、御承知の通りでありますので割愛させて頂くことと致しまして、小生は最近の報道の中から産経新聞(6/18付のP12「編集日誌」)の報道振りを拝借して本件問題の本質の一端を以下に紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)まず、本編集日誌は、「プロ野球はだれのもの?」というタイトルで、内野広信・編集長が執筆したものであり、内容は下記の通り。
(イ)「加藤良三」。プロ野球の統一球に直筆のサインがプリントされている。加藤氏とは、駐米大使まで務めた外務官僚出身のエリートである一方、大リーグの始球式をするほどのプロ野球に深い理解を持つ人物として、日本野球機構のコミッショナーになったわけである。
(ウ)しかし、プロ野球史に燦然と輝く実績と今も国民的スターである長嶋茂雄さんや王貞治さんならいざ知らず、プロ野球ファンも知らないような人物のサインがボールに印刷される必要があるのか。勲章や銅像に最後の名誉欲を求める政治家と同じでしょう。
(エ)“飛ばないボール”から“飛ぶボール”へこっそり変更したことに、「私は知らなかった」と何の責任も感じず平然と語る姿に、日本をダメにしてきたエリートの醜さをみた。
 というものであります。                                                                    
(2)次に本件統一球問題に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは  
(ア)加藤コミッショナーの発言は許されるのだろうか。
   同コミッショナーが統一球変更を知らなかったと釈明していますが、この言葉を素直に信じるファン・国民が一人でもいるでしょうか?「ノブレス・オブリージュ(高貴な人の義務)」という言葉がありますが、加藤氏のような高貴な(且つ、組織としての仕事のやり方を知り尽くしている)人が不信感を抱かせるような発言・態度を取り続けるようでは世の果てと言われても仕方が無い。高貴な人には義務と責任を是非、果たして欲しい。
(イ)「加藤コミッショナー及びNPBは野球ファン及び国民目線の仕事をしているのだろうか?」との素朴な疑問とガッカリ感で一杯である。
  プロ野球での主役は選手だと思います。彼ら選手が力一杯・のびのびと仕事・野球ができ、もって野球ファン等が野球を楽しめ・感動できるよう、コミッショナー及びNPBは野球ファン及び国民目線の仕事をすべきと考えます。
というものであります。
(3)最後に上記記事に関する福山維新の会代表としての小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは  
(ア)「福山政治・行政にとり統一球問題は他人事か!!」。
   福山政治には、①主役たる市民を軽視・無視した政治、②他方で、市長、市議会議員や職労が自己中心の癒着・馴れ合い政治を続けて来た・続けている旨の批判が後を絶たない。市民目線で無い福山政治にとり、野球ファン及び国民目線で無い統一球問題は他人事では無く、市民は本件問題から何かを学び、教訓を生かすべきと考えます。
(イ)「福山政治・行政は市民目線の仕事をなすべきである」。
   福山政治の悪の根源の一つに、政治と職労との癒着・馴れ合い等がある。ヤミ専従に関する最高裁での勝訴の後、行政と職労は「サービス向上意見交換会」という名称に変更して、政治と職労との癒着・馴れ合いを続けている。こんなことが何時までも続けられていて、市民目線への政治・行政へと改善される訳が無い。市民も、もう、そろそろ目覚め、改革派の市長及び市議会議員の擁立に立ち上がるべきと考えます。
というものであります(終り)。

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 6/16は512日目としての広報・街頭演説活動を行ないました。
さて、本日(6/17)は、「DJポリスの粋な雑踏警備(交通整理アナウンス)に拍手喝采」→「福山維新の会は、この雑踏警備・アナウンスから何かを学び、今後の活動に生かしたいものだ」について、述べてみます。
(1)まず、昨今の各種マスコミは、サッカー日本代表が、ワールドカップブラジル大会出場を決めた6/4夜、数千人のサポーターらが集まった東京渋谷駅前で、大きなトラブルもなく適切に交通整理を行なった警察官(DJ(ポリス)について、大々的に報道しております。詳細については、読者の皆さんの先刻、御承知の通りでありますので割愛させて頂くことと致しますが、小生は本報道の中から産経新聞(特に6/13付のP1「産経抄」欄等)の報道振りを拝借して、以下に紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)広報係の男性警察官のユーモア溢れる呼び掛けはサポーターの心をつかみ、評判となった。同警察官は、「目の前にいるお巡りさんも、みなさんが憎くて怖い顔をしているわけではありません。」「心のではW杯出場を喜んでいるのです」「皆さんは12番目の選手」「そういう危険な行動はイエローカードです」と呼び掛け、一方で、群集からは「お巡りさんコール」を受けた。
  (イ)同警察官は、現場近くで誘導に当っていた女性隊員とともに、今日、警視総監賞を受賞する。
  (ウ)警察の不祥事が後を絶たない中、久しぶりにホットとするニュースでもある。DJポリスの活躍は、ネット動画を通じて、海外にも紹介されている。警察とデモ隊との流血を伴う衝突を見慣れている人にとっては、信じられない光景だろう。群集心理には恐ろしい一面がある。ちょっとしたきっかけで、群集は暴徒にもなる。
  (エ)興奮状態にある大勢のサポーターの心をつかみ、騒乱の芽を摘んだのは、まさにファインプレーだった。負傷者、逮捕者をだすことなく、雑踏警備を終えた警察官と警察に拍手を送りたい。
  というものであります。                                                                
(2)次に上記記事に関する小生コメント(「福山維新の会は、この雑踏警備・アナウンスから何かを学び、今後の活動に生かしたいものだ」等)を以下に紹介させて頂きますと、それは  
(ア)まず、警視庁の今回の発想転換(①ユーモア溢れ、②フレンドリーで親しみ易く、③国民目線の、広報・誘導の企画・実行)が、①現場警察官のやる気・参画意識を高揚させ、②警察官の斬新的な広報等を引き出し・演出させ、③もってトラブル発生防止に至らせたことは誠に慶賀であり、素晴らしいことでありました。そこで我が会としても、上記発想の転換を是非、参考にしたいと考えております。
(イ)一方で、警視庁の今回のやり方も今後継続すれば、いつかはマンネリ化し、賞味期限も切れて来ることが予想されますので、そのうち新たな発想が再度、必要となってくることでしょう。それに備えての小生の警視庁に対する一提言として、飛び込み広報(国民・都民等に、飛び込みで雑踏警備アナウンスの一部を実験的にして貰う)もあるのではと思料しています。が、興奮し、他方で酒酔いも含まれるかも知れない人達を対象とした本提案は、余りにも唐突で冗談がきつく、一笑に付されてしまうことでしょうが。いずれにせよ、国民の雑踏警備への積極的な(受身・受動性を少なくして)参画・参加は、「国民とともにある警察」として、今後、一層重要と思われます。
(ウ)そこで、我が会として参考とすべきは、一層、「福山市民とともにある福山維新の会」になることだと思っています。具体的には、上記警視庁の発想転換(①ユーモア溢れ、②フレンドリーで親しみ易く、③国民目線の、広報・誘導の企画・実行)を踏まえて、①ユーモア溢れ、②フレンドリーで親しみ易く、③福山市民目線の、広報等をしたいと考えております。その一環として、取り敢えず、本日の街頭演説においては、上記DJポリスの賞賛をしながら、「市民の皆さん、私の横に来て「飛び込み」で、何か一言しゃべってみませんか」旨のアナウンスをしました。その趣旨は、①市民のストレス(福山政治・行政に対する市民の長く・大きな鬱積、不平・不満等による)解消、②市民の福山改革への参画・参加意識の高揚等でありました。
 というものであります。(以上です)

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 6/13は509日目としての広報・街頭演説活動を行ないました。
さて、本日(6/14)は、「豊穣の人生を送られた精神科医・作家の「なだ
いなだ」氏(83歳で御逝去)に心からの賞賛を!!」→「自分(68歳)は同氏から何を学び、今後の我が人生をどのように送ったら良いのだろうか?」について、浅学菲才を顧みず述べてみます。
(1)まず、昨今の各種マスコミは、先日お亡くなりになった精神科医・作家の「なだいなだ」氏について、大々的に報道しております。詳細については、読者の皆さんの先刻、御承知の通りでありますので割愛させて頂くことと致しますが、小生は本報道の中から産経新聞(特に6/11付のP1「産経抄」欄等)の報道振りを拝借して、以下に紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)精神科医の「なだいなだ」氏(本名:堀内秀)の母方の曾祖父は、開業医だった。80歳を過ぎて、亡くなるその日の朝まで往診をしていたそうだ。「ぼくも、80歳まで生きるようだったら、この曾祖父のように、死ぬまで働いていることだろう」。40歳のころに語っている。
(イ)なださんは、その通りに83年の生涯を終えた。今月末には、フランスで講演を予定していた。亡くなった今月6日未明に更新されたブログには、会場で配るテキスト作りに苦労する様子がつづられている。
(ウ)母親の勧めで医学部(慶応大学)に入ったものの、「なるべく医者らしくない医者になろう」と、精神科を選んだ。アルコール依存症専門家の看板を掲げたのは、30歳を過ぎた頃からだ。国立療養所久里浜病院に作られた専門病棟の責任者になれば、留学させてやる。教授のこんなツルの一声で決まったという。
 (エ)当時すでに小説を書き始めていた。フランス人の奥さんとの間に生まれた4人の娘さんに語りかける「パパのおくりもの」など、ユーモア溢れるエッセーにもファンが多い。ラジオの「こども電話相談室」の相談人も、20年以上にわたって努めてきた。
 (オ)何足ものワラジをはき続けた、なださんの、最後の肩書きは、「老人党」の創設者だ。インターネット上に仮想の政党を立ち上げ、高齢者らに政治を語り合う場を提供し、自らコラムを書き続けた。「老人の意見を聞かないと勝てないぞ、となったとき、初めて国民のための政治が生まれるはずです」。「結党」の理由を小紙の取材に答えている。
 (カ)なださんの本名は堀内秀。よく知られているように、ペンネームの「なだいなだ」は、スペイン語で「何もない・と・何もない」という意味だ。ただし、その人生は正反対の、なんという豊穣さだろう。
 というものであります。                                                                       
(2)次に上記記事に関する小生コメント(「自分は同氏から何を学び、今後の我が人生をどのように送ったら良いのだろうか?」等)を以下に紹介させて頂きますと、
それは  
(ア)まずは、「なだ氏に対し衷心より感謝・尊敬の念を表させて頂きますとともに心より御冥福をお祈り申し上げます」。
    なだ氏が①80歳を過ぎても死ぬまで現役で、②「個益を超越して、真に国民のお役に立たれた」、③その広範多岐の御活躍・生き様、に深く感謝・尊敬申し上げますとともに、自分(68歳)が未だ、「はなたれ小僧」である旨を痛感している次第であります。なだ氏の御功績を遠くから賞賛するだけでは余りにも勿体無く、同氏に一歩でも近付ければと念願している昨今であります。 
(イ)次に、小生も少しは「人の役に立ちたい」。
    なだ氏を見習い、一歩でも近付きたい。では、果たして自分に何が出来、何を行なうべきか。小生にとって重要な課題・命題であります。
   結論から言いますと、小生は、①本業(公文教室の講師)をベースにしながらも、②福山に関する政治活動を行なうのが一番似合っているのではと思っております。
 (ウ)具体的には、改革派の市議会議員になり活動すること。
    上記「福山に関する政治活動を行なう」については、①現状の街頭演説・広報活動を継続しつつ、②3年後の市議会議員選挙において、幸いにして市民の支援・支持を得て当選できたら改革派議員として活動を行ないます。この際、①福山市民の「言論の自由」奪回(逆差別、左寄り政策の打破等による)、②「福山を日本1の街」にする、を柱とした活動を行なうつもりであります。この際・これが為(当選及び政策実行)には、市民の意識の刷新と政治への関心増大が根本・決めてであり、同意識の啓蒙・啓発に尽力する所存であります。市民の①名誉、プライド、誇りの奪回、②正義心の高揚、③自信の奪回が福山改革(落下傘市長及び多数の改革派市議会議員の擁立を通じて)の要であると信じています。
  というものであります。(以上です)

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 6/10は506日目としての広報・街頭演説活動を行ないました。
さて、本日(6/11)は、「サッカーW杯出場決定 5大会連続の快挙に学
ぼう」→「快挙の感動を日本全体の再生に繋げたいものです」→「そして、これを福山政治の正常化及び躍進に是非、繋げたいものです」について述べます。
(1)まず、各種マスコミは、昨今、先日のサッカー試合の健闘並びにW杯出場決定について、大々的に報道しております。詳細については、読者の皆さんの先刻、御承知の通りでありますので割愛させて頂くことと致しますが、本報道の中で、小生は産経新聞(特に6/6付のP2「主張」欄等)の報道振りに賛同しておりますところ、以下にその要点を紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)サッカーの日本代表が2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会のアジア最終予選で難敵オーストラリアと引き分け、本大会の出場切符を手にした。W杯は5大会連続の出場となる。試合終了間際に本田圭佑選手の同点弾で追いついた勝負強さと6万大観衆の興奮を、日本の再生に繋げられないものか。何より夢の大会だったW杯を身近な存在に変えた日本のサッカー界から学ぶべきことが多くある。
 (イ)日本サッカーは68年メキシコ五輪で銅メダルを獲得したが、世界のプロ選手が競うW杯は、遥かに遠い存在だった。そしてW杯出場を現実にするために無謀ともいえる2つの目標を掲げた。プロリーグの創設とW杯の招致である。サッカー界は見果てぬ青写真に向けてがむしゃらに邁進し、93年にはJリーグをスタートさせ、2002年日韓W杯を開催した。
 (ウ)その後は、各種大会で目覚しい戦跡を残して来た。歓喜の系譜は、今年20周年を迎えたJリーグの歴史に重なる。周囲に不可能と冷笑されたプロリーグの創設なしに、この結果はあり得なかった。
 (エ)サッカー界が高い目標を掲げ、成功を信じ続けた結果である。「それはどんな分野にも通用する話だ」。リーダーには、明確な理想像を示して欲しい。「国民の心が一つにまとまることが、日本を再生させる。」
  というものであります。                                                                    
(2)次に上記記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、
それは  
(ア)「今回の快挙の感動を日本全体の再生に繋げましょう」
    今回の快挙に関するマスコミ報道には、①純粋にW杯出場決定の感動、②サッカー界の組織力発揮に対する賞賛、③本田選手の勇気あるシュート及び同選手の「喝」発言、、④ザッケローニ監督に対する賞賛等、各種の観点からの報道が見られましたが、まずは、②サッカー界の組織力発揮に対する賞賛をここに取り上げたいと思います。サッカー界は高邁な理念を構築し、上記の通り、プロリーグの創設とW杯の招致という目標を設定し、且つそれを見事に実行・達成されました(周囲に不可能と冷笑されながら、それに耐えて)。その組織力発揮は、今後、日本国民全体の心を一つにまとめ、もって日本全体の再生に繋げる(アベノミクスを中心として)べき良いお手本になったと言えます。口で単に「感動した」「立派である」「見事である」等とし、且つ、スポーツの問題で終わせたのでは、余りにも勿体無く、よって国民が我が国全体の活性化・再生に尽力を誓い・努力することが肝用と思われます。
(イ)本田選手に学びたい
  次は、③本田選手の勇気あるシュート及び発言を取り上げたいと思い
ます。同選手は、ゲーム終了後のインタビューに答えて、「真ん中に蹴っ
て止められたら、仕方ないと思った」旨の勇気あるシュート発言をした
と賞賛されています。これに対して、産経新聞は、「(多くの国民が今後、
人生の途上で、家族や仲間の為にボールを手にする時が来るかもしれな
いがその時に、本田選手のように)腹を据えて、ど真ん中に投げ込み、
蹴り込むことが出来るだろうか。歓喜の声を上げながら、自分の胸にそ
っと手を当てた人も少なくないはずだ」旨の論評をしています。本田選
手の本件シュート成功は、①相手ゴールキーパーの心理を読み切り、②
他方で、ど真ん中へ果敢に蹴り込めた技能・度胸等がもたらしたもので
しょうが、同選手に是非とも学びたい。
 というものであります。
(3)最後に、上記記事に関する「福山維新の会」代表としての小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは、
(ア)「今回の快挙の感動を福山政治の正常化等に是非、繋げたい」
    上記の通り、「今回の快挙の感動を日本全体の再生に繋げましょう」旨を提言しましたが、他方で我々福山市民として自らの熱意・努力で、今回の快挙の感動を、大好きな地元福山の①政治の正常化(特に言論の自由の奪回)及び②躍進(福山を日本1の街にする)に、市民がいよいよ本気になって、是非、繋げたいものであります。
(イ)「市民が本田選手を見習い勇気あるシュート(落下傘市長及び多数の改革派市議会議員の擁立)を決めて、是非とも市民の「言論の自由を奪回」したいものだ」
  というものであります(以上です)。

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