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3/11は780日目の「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。
本日(3/12)は、「東日本大震災の教訓を生かさぬ無責任な福山政治・行政」→「①学校建物の耐震化率は全国で最低であり、また、②避難場所を指定せず、避難訓練実施も逃げる非人道的な福山政治・行政」について述べてみます。
(1)まず、3/11付の産経新聞はP2の「主張」欄において、「①死者・行方不明者が1万8千人に上る犠牲者を生んだ東日本大震災発生の3/11は,記憶を引き継ぎ、次なる大地震、大津波への備えを再確認する日でもある。②地震列島である日本では、いつどこを大地震が襲っても不思議ではない。③都市や住宅の「耐震化」を急ぎ、「避難路」の確認や常備品の確保など、家庭、職場、学校などの日常における「備え」が被害の大小を分けることは、3・11がもたらした重く貴重な教訓だ」旨を報じています。
(2)次に、3/11付の毎日新聞はP26の「備後」欄において、「福山市立大学福田教授に聞く」として、「福山市の地震発生時リスクは」「情報集め正しく恐れよ」との見出しで記事を掲載しており、その記事中で、小生の関心を引いた部分は次の記述であります。
すなわち、同教授は行政の防災対策に関して、「現在、福山市と同規模の倉敷・高松・松山の瀬戸内地方3都市と那覇市、札幌市で災害発生時の対応や備蓄などについて聞き取り調査をしている。
この中で、①松山市は全市を挙げて防災訓練を実施し、市長室の横には常設の指揮所があり、地区毎の地図パネルや通信設備がある、②倉敷市も市民参加の大規模訓練を実施しているが、一方、③福山市は小中学校の耐震化が遅れ、防災訓練も各学区ごとで実施しているだけで危機感が感じられない。
防災行政は災害がない限り結果が見えず、行政もなかなか予算を割きたがらないのだろう。だが、いったん災害が起きると防災予算の何十倍もの費用がかかる」と述べておられます。
(3)ところで、小生は過去、「福山維新の会」代表として、防災、とりわけ南海トラフ地震・津波対策を、①小中学校の耐震化の飛躍的向上の必要性・重要性、②津波に備えての学区避難場所の指定及び大規模避難訓練実施の必要性・重要性の観点から、①市当局へ直接に、②街頭演説・ブログ・集会等を通じて市民へ訴えてきました。
その際の準拠は次のものを活用致しました。
①一つ目は昨年8/8のマスコミ報道(小中学校の耐震化率は全国平均で約90%、広島県平均で約70%であるにも拘わらず我が福山は約50%であり、全国で最低レベルとなっている)であります。
②二つ目は昨年11/14のマスコミ報道(県の発表した南海トラフ地震市町別被害想定によると、福山が県内最大で、死者約6000人、負傷者約6500人、建物被害約約7万棟となっている)であります。
(4)それにつけても、読者の皆さん、防災に関する福山政治・行政は余りにも無責任で、且つ、非人道的と思われませんか!!昨今、東日本大震災の3周年を巡って、連日、その悲惨振りが改めて報道されてきました。にも係わらず、我が福山政治・行政は無関心・無関係とばかりに、上記状況(①学校建物の耐震化率は全国で最低であり、また、②学区別に避難場所を指定せず、大規模な避難訓練実施を逃げる)であります。市長・市議会・市役所の人々の頭の構造はどのようになっているのでしょうか?頭の中をのぞいてみたい心境であります。
(5)そもそも、政治・行政を行なうに際して、真善美をベースにしながら、「軽重先後(何が軽くて何が重たいのか、また、何が先で何が後なのか)」を考慮すれば、安心・安全は誰が考えても優先順位の高いテーマであることは自明の理でありましょう。それにも係わらず、安心・安全を劣後に置くのは、そこでの発想に「癒着」と「既得権益確保」の視点が充満しているからに外なりません。小生は先般2/18付の記事において、「日本の他の市町村に例を見ない「言論の自由無き」福山市の改革の重要性」を訴えました。我が福山にはブランドが無いと多くの市民が嘆く最中、①安心・安全ボケ、②言論の自由無し、と言う悲しく情けない福山ブランドを先ず、早期に払拭しませんか。
(6)市民の皆さん!! 市民の立ち上がり(声を発し、行動する)無しでは、何時まで経っても、まともな福山に再生・改革できないと思われます。改革派の市長及び市議会議員の擁立が必須でありましょう。
(終り)
2/18は759日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。ところで本日(2/19)は、「市民の皆さん、①不名誉な福山「レジェンド」を早期に排除して、②名誉ある「レジェンド」を構築しませんか!!」旨を述べてみます。換言しますと、「福山市民の皆さん、①福山の悪しき・汚名たる「レジェンド」(市民が過去、長年、「言論の自由を奪われている」という伝説)を早期に排除し、②もって市民は自らの手で名誉ある・素晴らしい「レジェンド」(勇気・プライドをもって「言論の自由を奪回した」という伝説)を構築しませんか!!」という内容について述べさせて頂きます。本件記事の要点は、(1)先日、ジャンプの葛西選手が41歳にして銀メダルを目出度く獲得して「レジェンド」の名声を世界中に更に高め、もって我々日本人としての名誉・誇りを一段と高揚させてくれました、(2)一方、葛西選手の本快挙を承知した全ての日本国民及び福山市民は単に感動するのみに留まらず、ひとしく元気と希望を貰ったところでありましょう、(3)そこで市民の皆さん、我々福山市民は、①「言論の自由を奪われている」という悪名高い・悪しき「レジェンド」を名誉にかけてもそろそろ排除・駆逐し、②他方で福山市民は「真善美」追及の高邁な態度をもって「言論の自由を奪回」したという「勇気ある福山市・市民」レジェンド・ブランドを確立しませんか!!」というものであります。以下、細部について補足・紹介致しますと、
(1)市民の皆さんが先刻御承知の通り、葛西選手の上記快挙及び「レジェンド」は、各種テレビ・新聞等でもちきりであります。新聞の見出しから、その例を取り上げてみますと、「葛西、銀、ジャンプ」「41歳、不屈7度目、伝説新た」「冬季日本最年長メダル、レジェンドの屈辱」等であります。
このような中、2/17付の毎日新聞は第1面「余禄」欄において、「プラス思考」「ポジティブシンキング」の重要性を説いています。すなわち、葛西選手が「未だ41歳」(多くの選手が引退している中)として、「プラス思考」「ポジティブシンキング」に基づき、7大会連続出場をしてその結果、今回初のメダルを見事に獲得し、他方で、「次は金」として4年後もオリンピック出場を目指している旨を報じております。
(2)そこで、市民の皆さん、我々福山市民としては葛西選手の上記快挙及びレジェンドに感動・賞賛等しているだけでは余りにも勿体無いと思われないでしょうか?我が福山の「言論の自由無し」は全国広しと言えども、福山以外の他の市町村で見ることのできない、とんでもない・恥曝しの事象であります。それ故、葛西選手が世界中から贈られた名誉ある「レジェンド」の称号に因んで、我々福山市民は「言論の自由を奪回」したという「勇気ある福山市民」レジェンドを是非とも早期に構築すべきと考えますが如何でしょうか?
(3)ところで、市民の皆さん、「言論の自由無し」の弊害・マイナス面をもう一度考えてみませんか?
そもそも「言論の自由無し」は、①逆差別団体、②左寄り団体、③政治介入の職労に由来しており、そこから来る弊害・マイナスは、①不正・不公平な行政、②無駄な税金の使用、③恥の掻き放し行政、④偏向した安保・教育等は無論のこと、⑤市民の政治・行政離れや嫌悪を誘発し、もって市民の閉塞感を助長させております。その最たる例が日本国内で最低レベルの福山市選挙投票率で、前回の市長選では約23%、市議会選では約49%となっております。さて、私が考えます本件弊害・マイナスの最大のものは、「誰から(国・県・訪問者・Uターン希望者等)も信頼・相手にされない福山政治」がもたらすマイナス面であります。市民の皆さん、チョットだけでも考えてみて下さい。上記の通り「誰からも相手にされない福山市」に、どうして、他の地域から、①訪問・旅行・買い物者、②誘致対象企業等が来てくれ、その結果として福山経済・雇用の改善が図れるでしょうか?「千客万来」は商売の原点であり、同時に、否、それ以上に政治・行政の原点であろうと考えられます。政治軽視・無視・蔑視の市民感覚で福山が良くなる訳が無いと思われ、他方で、今後の少子高齢化社会を迎えるに際して余りにも無責任な市民の態度と思料されます。
(4)では如何にしたら、言論の自由を我が福山市民に奪回できるのでしょうか?結論から申し上げれば、自助努力である「市民が自らの民度(知・情・意)を向上させることだ」に尽きると思われます。これは市民にとり耳に痛い言葉であろうと思われますが真理であると信じて疑いません。民主主義の福山(「言論の自由」無くして、福山に民主主義が存在するのかとの素朴な疑問が残りますが)では選挙によって市長、市議会議員等が選出されます。福山政治が酷い現状は、直接的には市長・市議会議員等の責任(①逆差別団体、②左寄り団体、③政治介入の職労等と癒着・迎合した無責任な政治・行政の遂行)ではありますが、①彼らを選び、或いは②投票に行かない圧倒的多数の市民に最大の責任があることは市民自身が十二分に承知しているところであります。ですから、私は市民が自己責任を感じて、今後の市長選・市議会選に向けて、今から適任者(無責任な現職の市長及びAll与党の市議会議員を次回選挙では一掃し、もって改革派の燃えたぎる新人市長・市議会議員を擁立すべく)を担ぎ出し、応援し、当選後は育てることが肝用と考えます。この際、市民は今後の選挙に当っては、「言論の自由を奪回」する等の大局的な大義を政策・提唱する適任者を選ぶべきと考えます(地縁・血縁等に因る投票を続けていては、福山の政治は一向に良くなりません)。
(5)最後に繰り返しとなりますが、「福山維新の会」」として、上記の市民の自助努力により、①不名誉な福山「レジェンド」を早期に排除し、他方、②名誉ある福山「レジェンド」(ブランド)を構築することがもたらす福山の輝かしい前途を祈って止みません。
(以上です)
1/1 読者の皆様、新年明けましておめでとう御座います。平成26年の輝かしい門出を本日、皆様共々、ここに、平穏で健やかなうちに迎えることが出来まして、御同慶にたえない次第であり、また、誠に有り難く感謝で一杯であります。ところで昨年は、皆様には我が「福山維新の会」及び石岡久彌に多大な御声援・御支援等を頂き有難う御座いました。我が会は本年もあるべき福山政治改革の姿を求めて、微力ながらも声高らかに活動し、もって福山市民の政治意識改革啓蒙に少しでも尽力・貢献できれば幸いとの思いで努力致す所存で御座いますので、引き続き宜しくお願い申し上げます。近々、我が「福山維新の会」のホームページに追加掲載予定の「石岡代表の新年御挨拶(H26。1)
」を、以下に添付させて頂きますので、御笑覧頂けましたら幸甚に存じます。
記
石
岡石岡代表の新年御挨拶 H26。1
要約・ポイント:(①安倍政権になって我が国の政治・経済等は再生の期待・希望・元気を着実に取り戻しつつある→②他方で、我が福山の酷い・最低の政治も市民の意識改革に基ずく改革派の市長・市議会議員の擁立により、抜本的に改善・改革できる筈←③そこで、まず、市民の政治改善に関する意識改革・政治への関心増大が必須である→④市民の政治への無関心は、市民自身による自己否定・尊厳否定(存在・生き様・価値観等の否定)に繋がらないだろうか?)
「福山維新の会」代表の石岡久彌であります。輝かしい新春を迎え、読者の皆
様共々、本年の我が国及び福山市の発展・改革推進を心から祈念しつつ、他方
で我が市においては市民各自が市民自身による自己否定・尊厳否定を払拭し、
もって福山市の改革推進・名誉回復に向けて成し得る限りの尽力・貢献を果た
したいものであります。そこで、以下、
(1)「安倍政権による我が国の政治・経済等の改善」
(2)「福山の政治も改革派の市長・市議会議員の擁立で抜本的に変われる筈」
←「そこで、まず、市民の政治改善に関する意識改革・政治への関心増大が必須である」
(3)「政治への無関心は、市民自身による市民の自己否定・尊厳否定に繋がらないだろうか」
(4)「福山維新の会」としてなすべき本年の活動
について紹介し新年御挨拶に代えさせて頂きます。
(1)「安倍政権による我が国の政治・経済等の改善」について
昨年の安倍政権は、アベノミクス及び7月の「ねじれ国会」解消等を受
けて、国外・国内政治・経済等に関して改善への道を着実に歩んで来まし
た。
その例として、①円安・株高、②普天間移設前進、③首相による靖国参
拝、④特定秘密保護法、NSC創設関連法の成立、⑤東京五輪招致決定等の多くの事柄を挙げることが出来ます。
勿論、これらに関しては国民の中に反対論がありますが、決めるべき政治への大なる一歩となっている点には素晴らしいものがあろうと思われます。
そして、とりわけアベノミクスをベースとした諸施策は多くの国民に夢と期待・希望を抱かせ、また、安倍政権の透徹・安定した理念・政策は国民に信頼感を与えているものと思料されます。
(2)「福山の政治も改革派の市長・市議会議員の擁立で抜本的に変われる筈」
←「そこで、まず、市民の政治改善に関する意識改革・政治への関心増大
が必須である」について
我が福山の政治は、上記(1)の安倍政権による政治に比べて余りにも
市民を無視・軽視した酷い・最低のものが続いております。
本件については、過去、幾度と無く小生Facebook、ブログ等を
通じて指摘させて頂きましたので、今回は簡潔にその旨の根拠を纏めて次に紹介させて頂きますと、それは①市民の言論の自由を奪った福山の政治、②恥を全国にばら撒き続けている福山の政治、③市民の安全・安心を無視・
軽視した福山の政治という3点であります。
ところで、これら3点は日本広しと言えども、福山以外に全国の他の都
道府県・市町村で見ることの出来ない程の酷さでありながらも、市民の中には、①福山の政治の酷さは全国で似たり寄ったりである、②誰が市長になっても福山の政治は変わらない、③誰が市議会議員になっても福山の政治は同じである、④自分一人が投票に行こうが行くまいが、何にも影響は無い、⑤自分一人で生き抜いてゆく等々の政治無関心的発言をされる方が、残念ながら結構多いように見受けられます。
が、果たして、そのような「投げやりな」・虚無的な・寂しい御意見に容易に同意・賛同して良ろしいのでしょうか?
何故かと言いますと、①1つ目の理由は、上記の通り、安倍さんが総理
になっただけで、民主党政権時と異なり、我が国の政治は見違える程に変わり、希望と活力を与えてくれているではありませんかという点、②2つ目は市長・市議会議員は直接選挙で選出されるものであり、我々福山市民の清き一票の集大成により改革派の福山市長・市議会議員をいとも簡単に選べ、もって福山の政治を抜本的に変えれるではありませんかという点を挙げることが出来るからであります。
この際、市長・市議会議員選出に際しては、一般市民として金は掛かりませんし、大した労力・時間も要しませんし、また、何者をも恐れる必要は無い(そうでなくても、恐れる対象は過去の遺物にしか過ぎませんので)ではありませんか旨を言いたいものであります。
小生の言いたいことは、「福山の政治は市民の「真善美」追及態度により改革派の市長・市議会議員の擁立で抜本的に変われる筈ではありません」←「そこで、まず、市民の政治改善に関する意識改革・政治への関心増大が必須である」というものでありました。
(3)「政治への無関心は、市民自身による市民の自己否定・尊厳否定(存在・
生き様・価値観等の否定)に繋がらないだろうか」について
政治への無関心の最大の問題点は、「つけが自分・市民に回ってくる」
ことに尽きると思われます。
「市民が、たとえ政治に無関心であっても、市民は政治に「無関係」ではいられない」というのが真理・本質であろうと思われます。それであるが故に、高等教育を受けている福山市民としては、「ノブレス・オブリージュ(高貴な人の義務)」として自らが自発的に前向き・積極的に政治への関心度を高め、もって我が福山の政治改革を図ることが望まれると考えられます。
そしてこの際、「政治への無関心は、「逆差別政策」「左寄り政策」「職
労の政治介入」等の圧力により圧倒・蹂躙(じゅうりん)された、市民自
身による市民の自己否定・尊厳否定(存在・生き様・価値観等の否定)・
去勢に繋がらないだろうか」について一考するのも無駄ではないように思
料されます。
(4)「「福山維新の会」としてなすべき本年の活動」について
最後に、「福山維新の会」としての本年の活動は、昨年同様、福山市民の政治意識の啓蒙(政治に対する関心度及び選挙・投票参加意欲の向上)に微力ながら貢献することを狙いとして、①街頭演説の実施、②各種会合への参加、③facebook及びブログ掲載等を行なう所存でありますところ、読者の皆様には引き続き宜しく御愛顧・御支援をお願い申し上げます。
(以上です)
12/13は692日目としての「福山維新の会」広報・街頭演説活動を行ないました。ところで先日は小生の誕生日に際して多くの方から心温まるメッセージを頂き、この場をお借りして深謝申し上げます。さて本演説のテーマですが、それは、「市民の皆さん、我が福山の「鬱陶しい(うっとうしい)政治」を何とかしませんか!!」というものでありました。その中で要点は、(1)市民の皆さん、我が福山の政治は鬱陶しく(うっとうしく)、暗く、最低で、もって市民を無視・軽視した政治が永く続いていますよね、→(2)福山の政治は、「市民の、市民による、市民のための政治」ではなく、「市民を無視・軽視した人間の、市民を無視・軽視した人間による、市民を無視・軽視した人間のための政治」と言えるのではないでしょうか!!、→(3)そこで、市民の皆さん、そろそろ本気になり、我々市民の手で我が福山の政治を、まともな・正常な・市民志向の政治へと変えませんか!!→(4)そのためには、①市民が福山の政治に興味と関心を増大させ、②今後の選挙においては市民が積極的に投票に出掛け、③福山の政治を市民の手に取り戻してくれる改革派の新市長及び市議会議員を擁立・当選させることが必須と考えます」というものでありました。以下、細部について紹介致しますと、
(1)市民の皆さん!!、我々市民は我が福山が日本一住み易くて大好きであると評価・満足しているにも拘わらず、他方で福山の政治はこれとはまるっきり逆に、誠に鬱陶しく(うっとうしく)、暗く、最低で、もって市民を無視・軽視した政治が永く続いていますよね。そこで、いよいよ我々市民が本気になり、市民目線の政治を取り戻しませんか!!本件政治の取り戻しは、いとも簡単だと思いますよ。何故なら市民が福山政治改革に目覚めて、福山改革を成し遂げてくれる改革派の新市長及び新市会議員を擁立し・応援し・当選させるだけで、福山は変われるのですから。そこには、一般市民として金は掛かりませんし、大した労力・時間も要しませんし、また、何者をも恐れる必要は無い(そうでなくても、恐れる対象は過去の遺物にしか過ぎませんので)ではありませんか。
(2)では、市民の皆さん、改めて鬱陶しい(うっとうしい)福山の政治を次に少しばかり振り返り、考えてみましょう。鬱陶しい(うっとうしい)福山の政治の例については市民の皆さんは先刻御承知の通りですが、以下に敢えて列挙してみますと、①鞆の浦問題は一向に解決しないではありませんか、②中心市街地の衰退(福山の駅前のキャスパを含み)問題は多くのシャッターが未だに閉まったままではないですか、③福山駅前の地下駐車場(市民の願いであった「福山城遺跡を活用した憩いの池」を廃案にして作られた)の利用率は極めて低いままではありませんか、④福山ブランドは何も無く、あるのは福山の恥さらしの政治だけではありませんか、⑤福山市への観光客は本年は昨年に比べて減少(12/12付の産経新聞によれば、訪日外国人の数は前年度比約24%増で、年間1000万人を突破する見込みであるというのに)しており、他方で、⑥市民の言論の自由は相も変わらず奪われ、⑦市民の安心・安全は無視・軽視されたままではありませんか。更には最近気がついた点としては、⑧市役所の壁には大きな垂れ幕が掲げられ、そこには人権擁護に関する文字・文章が躍っていますが、何が今更、人権擁護なのでしょうか?我々一般市民の方が今では余程、逆差別されているではありませんか。また、街中には「人権平和資料館」と記載された道路標識が腐る程掲示され、ウンザリではありませんか、⑨共産党は去る9月市議会において、「福山老人クラブ連合会が50周年記念に際して、憲法違反の自衛隊音楽隊を招致すると予定しているが、これを中止させるべきとして何度もしつこく行政に迫りました」が却下され、⑩福山自治労は市役所の壁に「自治労会員募集」のポスターを掲げ、市役所を私物化している等、枚挙に暇がありません。
(3)ところで市民の皆さん、本件「鬱陶しい(うっとうしい)福山の政治」
は放っておいても、何ら弊害・マイナス面は無いのでしょうか?我が福山
維新の会が考えますに、放っておくことの弊害・マイナス面は極めて大な
るものがあろうと思われます。その理由は、第1に、この「鬱陶しさ」が
市民の気持ちを暗くさせ、元気を失わせ、活力を奪っているからでありま
す。第2に、この「鬱陶しさ」が「誰からも相手にされない福山市」を形
成し継続させているからであります。ここで言います「誰からも」とは、
①国・県、②訪問者・旅行者、③Uターン希望者のことを指しております。
少々補足しますと、まず、①国・県から相手にされていないその結果は、
羽田市長が度々自ら口にし県・国を批判する「東高西低(広島地区は優遇
されているのに比較して福山地区は冷遇されている)の政治」という表現
にいみじくも顕著に表されております。この冷遇さは、自らが招いた(天
に唾した)結末であり、今の「鬱陶しさ」が解消・駆逐されない限り今後
も続くことが予測されます。次に②訪問者・旅行者から相手にされていな
いその結果は、前述の「福山市への観光客は本年は昨年に比べて減少して
いる」点に端的に表されていると思われます。わが市への訪問者・旅行者
の減少は、我が市の経済・雇用の停滞・悪化にもろに繋がります。次に③
Uターン希望者から相手にされていないその結果は、我が市へのUターン
者が一向に増加せず、我が市の活力増加等に繋がりません。
(4)そこで、結論として、市民の皆さん、そろそろ本気になり、我々市民の手で我が福山の政治を、まともな・正常な・市民志向の政治へと変えませんか!!そのためには、①市民が福山の政治に興味と関心を増大させ、②今後の選挙においては市民が積極的に投票に出掛け、③福山の政治を市民の手に取り戻してくれる改革派の新市長及び市議会議員を擁立・当選(現職の市長及び現職のall与党の市議会議員を排して)させることが必須と考えます。
(5)市民の皆さん、「鬱陶しい(うっとうしい)福山の政治」を早期に排除・駆逐し、我々市民の手で明るく・活力の溢れる福山を再構築しましょう。
というものでありました。(以上です)
