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7/16は542日目としての広報活動を行ないました。さて、本日(7/17)は、「参議院選挙は憲法改正を重要な争点の一つとすべきだ」→「憲法9条改正の主たる狙いは海外で戦争するためでは無く、我が国防衛のための「抑止力強化」にある」→「自民党等は護憲派に憲法改正の重要性・必要性を強力に主張すべし」について、述べてみます。
(1)まず、7/9付の産経新聞はP13の「正論」欄に、「「日本を取り戻す」政策阻む面々」と題した記事(高崎経済大学教授の八木秀次氏による執筆記事)を掲載しておりますところ、以下に小生の関心部分を抽出、紹介させて頂きます。すなわち、八木秀次氏は、
(ア)安倍首相が「日本を取り戻す」として、我が国を主権国家に相応しい体制に整えようとすると、それを阻止しようとする勢力が決まって右傾化、軍国主義、国家主義と批判し始める。始末の悪いことに、これが一定の影響力を持っている。
(イ)昨年12月の衆議院選挙の直前、所在地も形態も異なる高校と中学に通う娘と次男が口を揃えて、「安倍政権になると私(僕)たちは戦争に行かなければならないんでしょ?」と尋ねてきた。学校で先生から聞いたという。当時、同種のデマが全国の学校で出回っていたようだ。私は「現代の戦争はハイテク戦だ。訓練されたプロにしかできない。素人が自衛隊に入っても足手まといになるだけだ。徴兵なぞあり得ない。」と説明した。子供たちは納得したようだが、戦争の恐怖を煽って安倍政権に嫌悪感を持たせる動きは早くから始まっている。
(ウ)首相が意欲を燃やす憲法改正は占領下で制定された現行憲法を主権国家に見合ったものに整えるとともに、現在進行形の中国の露骨な領土拡張欲に対抗するために必要な措置だ。96条改正をその入り口とし、9条2項を改正して自衛隊を憲法上に位置づけ、普遍的な軍隊の実質を与え、日米同盟強化のために集団的自衛権行使を可能にする。これらは急速に増大する中国の脅威に対抗し、戦争を避けるために不可欠である。にもかかわらず、反対勢力は「自民党は戦争をしようとしている」と憲法改正の方を逆に危険視する。
旨述べておられます。
(2)次に上記投稿記事に関する小生及び福山維新の会代表のコメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)神辺地区の中学生も日教組により洗脳されていた。
約2ケ月程前、神辺フジグラン前において、小生が「市民の皆さん、憲法改正を真剣に考えてみませんか!!」とのタイトルで演説をしていた際、目の前を自転車で通過した2名の男子中学生が振り向きざまに、「戦争には行きたくない」旨を発しました。小生はこれに対して即座に、「憲法9条改正は戦争の抑止のために行なうものだ」と、反論しましたが、この件を通じて、「日教祖は、相も変わらず、否、以前以上に生徒に対して反防衛・反国防活動をおこなっているのだ」と痛感させられました。
(イ)護憲派による憲法改正反対理由は「的外れ」そのものである。
共産党の志位委員長は最近の街頭演説で、「改憲派の狙いは憲法9条を変えて海外で戦争する国に日本を作り変えることだ」と指摘しているが、余りにも短絡的で的外れだと思います。何故なら、改憲の狙いは抑止力の向上にあるからであります。そして同委員長には「百田尚樹氏の執筆した「海賊とよばれた男」を読んだことがあるのか」と問いたい。もし読んでいないのであれば、速やかに読むべきだと言いたい。その理由は主人公の国岡鉄造(モデルは出光佐三)が、私心・自社の利益・生存、命をも投げ打って、日本国のため、とりわけ、石油産業の育成・発展のために、崇高・高邁な理念を堅持して、それを実行すべく社員一丸となって奮励努力されたからであります。共産党は自己政党の利益・勢力の拡大・追求は程々にして、現下の我が国周辺情勢の厳しさに鑑み、「国益」の追求・拡大を目指した改憲を考えるべきであります。義務(国防)を忘れた権利の極端な追求は、余りにもお粗末・恥ずかしいと思料されます。
(ウ)自民党等は、「憲法9条改正の主たる狙いは抑止力強化」にある旨を力説
すべし。
7/15付の各紙は、「中国艦、初の宗谷海峡通過」を報じています。防衛省は宗谷海峡が国際海峡のため中国艦が通過するのは国際法上問題はないとしているが、中国の活動範囲の拡大に警戒を強めているとのことであります。そうでなくても中国は過去、長年に亘る軍事費の増額を踏まえて、軍備の増強・活動の活発化を続けて来ました。そしてその一環として尖閣周辺での威嚇・領域侵犯等を重ねてきました。そこで我が国としては、この中国の脅威に対して、もし中国が我が国に侵略等を行なえば、日米安保体制により「中国は痛い目に会うであろう」旨の抑止力を発揮することが必須であり、そのために改憲が是非とも必要である旨を自民党等は力説すべきと考えます。
(エ)我が国の真の抑止力は全体防衛(total defence)にある。
護憲派は反防衛・反国防活動を行なっていますが、戦争は全国民の一致
団結した力がなければ勝てないし、最も重要な抑止もできない点を紹介さ
せて頂きます。小生は約30年前、フィンランドに防衛駐在官として勤務
した経験がありますが、そこで学び、我が国の防衛に最も参考となったの
は、全体防衛(total defence)の推進でありました。紙面の関係で手短に
本件を述べますと、全体防衛とは、①軍事防衛(軍隊による防衛)、②民間
防衛(民間人による消火・救助・避難等)、③心理防衛(国防意識)、④経
済防衛(備蓄・補給等)を意味します。この中で、③心理防衛(国防意識)
が最も基本となっています。(終り)
(1)まず、7/9付の産経新聞はP13の「正論」欄に、「「日本を取り戻す」政策阻む面々」と題した記事(高崎経済大学教授の八木秀次氏による執筆記事)を掲載しておりますところ、以下に小生の関心部分を抽出、紹介させて頂きます。すなわち、八木秀次氏は、
(ア)安倍首相が「日本を取り戻す」として、我が国を主権国家に相応しい体制に整えようとすると、それを阻止しようとする勢力が決まって右傾化、軍国主義、国家主義と批判し始める。始末の悪いことに、これが一定の影響力を持っている。
(イ)昨年12月の衆議院選挙の直前、所在地も形態も異なる高校と中学に通う娘と次男が口を揃えて、「安倍政権になると私(僕)たちは戦争に行かなければならないんでしょ?」と尋ねてきた。学校で先生から聞いたという。当時、同種のデマが全国の学校で出回っていたようだ。私は「現代の戦争はハイテク戦だ。訓練されたプロにしかできない。素人が自衛隊に入っても足手まといになるだけだ。徴兵なぞあり得ない。」と説明した。子供たちは納得したようだが、戦争の恐怖を煽って安倍政権に嫌悪感を持たせる動きは早くから始まっている。
(ウ)首相が意欲を燃やす憲法改正は占領下で制定された現行憲法を主権国家に見合ったものに整えるとともに、現在進行形の中国の露骨な領土拡張欲に対抗するために必要な措置だ。96条改正をその入り口とし、9条2項を改正して自衛隊を憲法上に位置づけ、普遍的な軍隊の実質を与え、日米同盟強化のために集団的自衛権行使を可能にする。これらは急速に増大する中国の脅威に対抗し、戦争を避けるために不可欠である。にもかかわらず、反対勢力は「自民党は戦争をしようとしている」と憲法改正の方を逆に危険視する。
旨述べておられます。
(2)次に上記投稿記事に関する小生及び福山維新の会代表のコメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)神辺地区の中学生も日教組により洗脳されていた。
約2ケ月程前、神辺フジグラン前において、小生が「市民の皆さん、憲法改正を真剣に考えてみませんか!!」とのタイトルで演説をしていた際、目の前を自転車で通過した2名の男子中学生が振り向きざまに、「戦争には行きたくない」旨を発しました。小生はこれに対して即座に、「憲法9条改正は戦争の抑止のために行なうものだ」と、反論しましたが、この件を通じて、「日教祖は、相も変わらず、否、以前以上に生徒に対して反防衛・反国防活動をおこなっているのだ」と痛感させられました。
(イ)護憲派による憲法改正反対理由は「的外れ」そのものである。
共産党の志位委員長は最近の街頭演説で、「改憲派の狙いは憲法9条を変えて海外で戦争する国に日本を作り変えることだ」と指摘しているが、余りにも短絡的で的外れだと思います。何故なら、改憲の狙いは抑止力の向上にあるからであります。そして同委員長には「百田尚樹氏の執筆した「海賊とよばれた男」を読んだことがあるのか」と問いたい。もし読んでいないのであれば、速やかに読むべきだと言いたい。その理由は主人公の国岡鉄造(モデルは出光佐三)が、私心・自社の利益・生存、命をも投げ打って、日本国のため、とりわけ、石油産業の育成・発展のために、崇高・高邁な理念を堅持して、それを実行すべく社員一丸となって奮励努力されたからであります。共産党は自己政党の利益・勢力の拡大・追求は程々にして、現下の我が国周辺情勢の厳しさに鑑み、「国益」の追求・拡大を目指した改憲を考えるべきであります。義務(国防)を忘れた権利の極端な追求は、余りにもお粗末・恥ずかしいと思料されます。
(ウ)自民党等は、「憲法9条改正の主たる狙いは抑止力強化」にある旨を力説
すべし。
7/15付の各紙は、「中国艦、初の宗谷海峡通過」を報じています。防衛省は宗谷海峡が国際海峡のため中国艦が通過するのは国際法上問題はないとしているが、中国の活動範囲の拡大に警戒を強めているとのことであります。そうでなくても中国は過去、長年に亘る軍事費の増額を踏まえて、軍備の増強・活動の活発化を続けて来ました。そしてその一環として尖閣周辺での威嚇・領域侵犯等を重ねてきました。そこで我が国としては、この中国の脅威に対して、もし中国が我が国に侵略等を行なえば、日米安保体制により「中国は痛い目に会うであろう」旨の抑止力を発揮することが必須であり、そのために改憲が是非とも必要である旨を自民党等は力説すべきと考えます。
(エ)我が国の真の抑止力は全体防衛(total defence)にある。
護憲派は反防衛・反国防活動を行なっていますが、戦争は全国民の一致
団結した力がなければ勝てないし、最も重要な抑止もできない点を紹介さ
せて頂きます。小生は約30年前、フィンランドに防衛駐在官として勤務
した経験がありますが、そこで学び、我が国の防衛に最も参考となったの
は、全体防衛(total defence)の推進でありました。紙面の関係で手短に
本件を述べますと、全体防衛とは、①軍事防衛(軍隊による防衛)、②民間
防衛(民間人による消火・救助・避難等)、③心理防衛(国防意識)、④経
済防衛(備蓄・補給等)を意味します。この中で、③心理防衛(国防意識)
が最も基本となっています。(終り)
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7/13は539日目としての広報活動を行ないました。さて、本日(7/14)は、「そうだ!!「北の国へ」行こう」(産経新聞東京特派員による執筆記事)」→「小生も2度、勤務したことのある北の大地・北海道」→「住めば都で、酒も魚も空気もうまい北海道へ貴方・貴女も行ってみませんか!!」→「さはさりながら、住むべき最高の都は実は福山市であることを福山市民には再認識して欲しい」について、述べてみます。
(1)まず、7/9付の産経新聞はP12に、「そうだ!!「北の国へ」行こう」と題した記事(産経新聞東京特派員の湯浅博氏による執筆記事)を掲載しておりますところ、本日は小生にとっても思い出多くて懐かしく、また、素晴らしい北海道に思いを馳せつつ、同記事を以下に紹介させて頂きます。すなわち、湯浅博氏は、
(ア)北海道の富良野はいま、淡い紫のラベンダーが清澄な空気の中に映えている。残雪の十勝岳遠謀も魅力だし、紫、白、黄の花々が織りなす大地のパッチワークが鮮やかだ。この夏、世界遺産に登録された富士山が人気でも、こちら、富良野人気は衰えない。
(イ)富良野を一躍、有名にしたのは、倉本聰さん脚本のテレビドラマ「北の国から」である。冒頭、「さだまさし」さんの曲が流れるだけで、心がグイと捕まれる。「私が育った冬の中富良野は大変厳しかった」。故郷の富良野を愛することにかけては引けをとらない「ムサシ電子」会長の坂東政道さん(83)が目を細める。坂東さんの富良野物語を聞いていると、これが元祖「北の国から」なのかと思う。
(ウ)「貧しい開拓農家の倅(せがれ)ですからね。身欠きニシンをかじり、世話した農耕馬の馬小屋でも生活した。冬は掘った根っこを乾燥させて薪にくべ、寒いから部屋にはムシロがかかっていた」。バクチ好きの父は、出身地の徳島県で大きな借金をつくり、中富良野の吉井農場に入植した。
(エ)食い扶持が多くかかるから、白米を食べられるのは盆暮れだけだった。旧制高等小学校を卒業すると屋根葺(ふ)き職人をしていたが、ちょうど警察予備隊(後の自衛隊)ができる頃で、心機一転、これに挑戦した。2年間で退職金6万円の条件に目がくらみ、これを元手にと考える不心得者がいた。「実はその一人が私」と笑う。5倍の難関を突破して、旭川から2時間半の遠軽駐屯地に入隊した。
(オ)ある人物に勧められ、一念発起して東京に出た。東京では、クリーニング店、業界新聞、電器のコネクター会社の営業で働いた。昭和39年には独立して、ソニーにコネクターを供給した。
(カ)豊島区の本社が手狭になった彼のムサシ電子は、昭和56年には故郷の中富良野に工場をつくった。幼い頃に乱暴者だった彼は故郷にビジネスで恩を返した。他の内外工場を含め、坂東さんにとっては、「人の出会いが生んだ夢の結実」のようだ。富良野には花が咲き誇り、夜には蛍が飛ぶ。そうだ!!この夏は「北の国へ」行こう。
と述べておられます。
(2)次に上記記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは、「北海道は勿論素晴らしいところであり、多くの福山市民にも旅して貰いたいと思いますが、他方で、住むべき最高の都は実は福山市であることを福山市民には再認識して欲しい」(現役当時、約2年おきに北海道から九州までを転勤・生活した小生の経験を踏まえて)というものであります。
(ア)まず、北海道については、読者の皆さんも先刻御承知の通りでありますが、一般・全般論として言えば、国内唯一の大陸的な景色・地形、気候・気象、風土等の塊・象徴なのでしょう。一方で北海道は余りにも広大で、東西南北の地域で大なる各種の差があり、一言で言うのは仲々難しいものがあろうと思われます。こうした中、上記記事は富良野地区(富良野市、中富良野町、上富良野町)に焦点を合わせたものでありますので、次には富良野地区に絞り素晴らしさ等について述べます。
(イ)小生は、上富良野町に約2年半、生活(自衛隊旭川地方連絡部の上富良野募集事務所勤務のため、昭和50年頃)したことがあります。富良野は「北海道のへそ」と言われております通り、北海道の中心部に位置し、市街地(小さな)は周りを小高い丘・山(十勝岳を除けば)で囲まれた内陸の盆地に該当します。それ故、冬には積雪量が多く雪かきが大変(他方でスキーをエンジョイできますが)で、気温も相当下がりますが、夏は一転して梅雨もなく乾燥した空気の下、草花(上記ラベンダーを含む)は咲き乱れ、極めて美しく快適なシーズンとなります。空気は綺麗で、ビールは旨いし、ジンギスカン・とうもろこし・アイスクリーム・牛乳・グリーンアスパラ・魚は最高に美味しいものです。また、スポーツ好きな人には、早朝からのゴルフ(出勤前、1ラウンド36ホールを格安でできました)、野球等は大変な魅力です。仕事(自衛官の募集業務)の面では、富良野地区には、偏った思想・人権を主張する団体・人は皆無に近く、また、開放的な市民・町民には大変助けられました。
以上のことから、皆さんに富良野を含め、北海道へ貴方・貴女も行ってみませんか旨をお勧めした次第です。
(ウ)最後に、北海道を含めて日本各地にも素晴らしいものが沢山ありますが、この際、住むべき最高の都は実は福山市(灯台下暗し)なのだということを福山市民には是非とも再認識して欲しいと訴えます。福山の最大の課題・問題点は、「市民の言論の自由を奪っている」という、とんでもない政治・行政の持続的な存在ですが、これを除けば福山は素晴らしい街だと確信しています。長くなりましたので、福山のお宝・魅力等の要点のみを紹介しますと、①最高に恵まれた天候・気象、②風光明媚さ、③恵まれた産業・交通・生活基盤、④多くのオンリーワン・ナンバーワン企業、⑤伝統文化等があるということであります。これらお宝を最大限に活用して福山を是非「日本1の街」にしたいものであります(終り)。
(1)まず、7/9付の産経新聞はP12に、「そうだ!!「北の国へ」行こう」と題した記事(産経新聞東京特派員の湯浅博氏による執筆記事)を掲載しておりますところ、本日は小生にとっても思い出多くて懐かしく、また、素晴らしい北海道に思いを馳せつつ、同記事を以下に紹介させて頂きます。すなわち、湯浅博氏は、
(ア)北海道の富良野はいま、淡い紫のラベンダーが清澄な空気の中に映えている。残雪の十勝岳遠謀も魅力だし、紫、白、黄の花々が織りなす大地のパッチワークが鮮やかだ。この夏、世界遺産に登録された富士山が人気でも、こちら、富良野人気は衰えない。
(イ)富良野を一躍、有名にしたのは、倉本聰さん脚本のテレビドラマ「北の国から」である。冒頭、「さだまさし」さんの曲が流れるだけで、心がグイと捕まれる。「私が育った冬の中富良野は大変厳しかった」。故郷の富良野を愛することにかけては引けをとらない「ムサシ電子」会長の坂東政道さん(83)が目を細める。坂東さんの富良野物語を聞いていると、これが元祖「北の国から」なのかと思う。
(ウ)「貧しい開拓農家の倅(せがれ)ですからね。身欠きニシンをかじり、世話した農耕馬の馬小屋でも生活した。冬は掘った根っこを乾燥させて薪にくべ、寒いから部屋にはムシロがかかっていた」。バクチ好きの父は、出身地の徳島県で大きな借金をつくり、中富良野の吉井農場に入植した。
(エ)食い扶持が多くかかるから、白米を食べられるのは盆暮れだけだった。旧制高等小学校を卒業すると屋根葺(ふ)き職人をしていたが、ちょうど警察予備隊(後の自衛隊)ができる頃で、心機一転、これに挑戦した。2年間で退職金6万円の条件に目がくらみ、これを元手にと考える不心得者がいた。「実はその一人が私」と笑う。5倍の難関を突破して、旭川から2時間半の遠軽駐屯地に入隊した。
(オ)ある人物に勧められ、一念発起して東京に出た。東京では、クリーニング店、業界新聞、電器のコネクター会社の営業で働いた。昭和39年には独立して、ソニーにコネクターを供給した。
(カ)豊島区の本社が手狭になった彼のムサシ電子は、昭和56年には故郷の中富良野に工場をつくった。幼い頃に乱暴者だった彼は故郷にビジネスで恩を返した。他の内外工場を含め、坂東さんにとっては、「人の出会いが生んだ夢の結実」のようだ。富良野には花が咲き誇り、夜には蛍が飛ぶ。そうだ!!この夏は「北の国へ」行こう。
と述べておられます。
(2)次に上記記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは、「北海道は勿論素晴らしいところであり、多くの福山市民にも旅して貰いたいと思いますが、他方で、住むべき最高の都は実は福山市であることを福山市民には再認識して欲しい」(現役当時、約2年おきに北海道から九州までを転勤・生活した小生の経験を踏まえて)というものであります。
(ア)まず、北海道については、読者の皆さんも先刻御承知の通りでありますが、一般・全般論として言えば、国内唯一の大陸的な景色・地形、気候・気象、風土等の塊・象徴なのでしょう。一方で北海道は余りにも広大で、東西南北の地域で大なる各種の差があり、一言で言うのは仲々難しいものがあろうと思われます。こうした中、上記記事は富良野地区(富良野市、中富良野町、上富良野町)に焦点を合わせたものでありますので、次には富良野地区に絞り素晴らしさ等について述べます。
(イ)小生は、上富良野町に約2年半、生活(自衛隊旭川地方連絡部の上富良野募集事務所勤務のため、昭和50年頃)したことがあります。富良野は「北海道のへそ」と言われております通り、北海道の中心部に位置し、市街地(小さな)は周りを小高い丘・山(十勝岳を除けば)で囲まれた内陸の盆地に該当します。それ故、冬には積雪量が多く雪かきが大変(他方でスキーをエンジョイできますが)で、気温も相当下がりますが、夏は一転して梅雨もなく乾燥した空気の下、草花(上記ラベンダーを含む)は咲き乱れ、極めて美しく快適なシーズンとなります。空気は綺麗で、ビールは旨いし、ジンギスカン・とうもろこし・アイスクリーム・牛乳・グリーンアスパラ・魚は最高に美味しいものです。また、スポーツ好きな人には、早朝からのゴルフ(出勤前、1ラウンド36ホールを格安でできました)、野球等は大変な魅力です。仕事(自衛官の募集業務)の面では、富良野地区には、偏った思想・人権を主張する団体・人は皆無に近く、また、開放的な市民・町民には大変助けられました。
以上のことから、皆さんに富良野を含め、北海道へ貴方・貴女も行ってみませんか旨をお勧めした次第です。
(ウ)最後に、北海道を含めて日本各地にも素晴らしいものが沢山ありますが、この際、住むべき最高の都は実は福山市(灯台下暗し)なのだということを福山市民には是非とも再認識して欲しいと訴えます。福山の最大の課題・問題点は、「市民の言論の自由を奪っている」という、とんでもない政治・行政の持続的な存在ですが、これを除けば福山は素晴らしい街だと確信しています。長くなりましたので、福山のお宝・魅力等の要点のみを紹介しますと、①最高に恵まれた天候・気象、②風光明媚さ、③恵まれた産業・交通・生活基盤、④多くのオンリーワン・ナンバーワン企業、⑤伝統文化等があるということであります。これらお宝を最大限に活用して福山を是非「日本1の街」にしたいものであります(終り)。
7/10は536日目としての広報活動を行ないました。さて、本日(7/11)は、「今、最も売れている作家・百田尚樹氏が書いたデビュー作「永遠の○(ゼロ)」を読んで」→「「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」と言い続けた男(主人公)が、何故、自ら零戦に乗り命を落としたのか、を追い求めた感動の物語」→「零戦パイロットとして、天才だが臆病者と批判された男が実は、人間としての究極的な尊厳と愛を貫いていた」→「他方で、本書が日本人の反防衛・反国防意識を助長することに繋がらないかを危惧します」について、述べてみます。
(1)全般
先日、妻に「何か感動的な本を知らない?」と尋ねましたところ、「百田
尚樹さんの書いた本を持っている」との返事がありました。その直後、妻が早速、持って来てくれたのが本件「永遠の○(ゼロ)」でありました。小生、初めは、「永遠の○(ゼロ)」とは一体、何を書いたものなのかと疑問に感じ、他方で期待しましたが、読み出した途端に零戦のことだと分かり、①元自衛官(定年まで約38年間奉職)として、また、②零戦の撃墜王と世界中から怖がられ・尊敬された坂井三郎中尉の自宅を訪問し直接、零戦の話を伺った(約30年前、小生がフィンランド防衛駐在官として赴任直前、坂井氏がフィンランドでも極めて有名と聞いたため同氏に面談)者として、大なる興味を抱き読み始めました。その結果、通読時・後、①多大な感動をおぼえました、②一方、本書が日本人の反防衛・反国防意識を助長することに繋がらないかの危惧を感じましたところ、その感動・感想等を読者の皆さんと分かち合いたい(読者の皆さんはとっくにお読みのことと思いましたので)と思い、以下に読後感を紹介させて頂きます。なお、本読後感を書くに際しましては、「永遠の○(ゼロ)」に記載されている「児玉清」さんの「解説(12ページ)」をベースにさせて頂きました。
(2)印象深かったこと(「児玉清」さん執筆の「解説」より抜粋)
(ア)「永遠の○(ゼロ)」と出逢えたときの喜びは筆舌に尽くし難い。それこそ嬉しいを何回重ねても足りない程、清々しい感動で魂を浄化してくれる稀有な作家との出逢いに天を仰いで感謝の気持ちを表したものだ。
(イ)さて、「永遠の○(ゼロ)」とは、一体、何なのだろうか?との疑問を抱きつつ、読みはじめて暫くして零戦パイロットにまつわる話だと徐々にわかってきたとき、僕の胸は破裂するほどの興奮に捉われた。零戦という戦闘機に戦争中の子供の頃から憧れを抱いていたこともあるが、現代と戦争中を交錯する物語の面白さにぐいぐいと引き込まれ夢中になってしまったのだ。しかも途中、何度も心の底からこみ上げてくる感動の嵐に胸は溢れ、突如うるうると涙し、本を閉じたときには、なにやらハンマーで一撃を喰らったような衝撃とともに、人間として究極とも思える尊厳と愛を貫いた男の生き様に深々と頭をたれ、心の中を颯と吹き抜けた清々しい一陣の風とともに美わしい人間の存在に思いっきり心を洗われたのだ。
(ウ)次に、戦争のことも、零戦のことも知らない若者たちが本書を読んで
も素晴らしい感動が彼らの心を包むであろうことは間違いないことをここで強調しておきたい。本書の中では、太平洋戦争とはどんな戦争で、どのような経過を辿ったのか。また、この戦争に巻き込まれた我々日本人は、軍人は、国民は、その間に、どのように戦い、どのように生きたのか。国を護るために戦わなくてはならなくなった若者たちの心とは、命とは。彼ら若者たちを戦場に送り出したエリート将校たちの心は、といったことを作者はものの見事にわかりやすく物語の中にちりばめているからだ。なまじの歴史本などより、はるかに面白く戦争の経緯とその実態を教えてくれる点でも実に秀逸な物語だと思うのは僕だけであろうか。しかも零戦の物語としても面白く、空中戦時のパイロットの心の中や、個性が丸出しとなる戦法の楽しさなどパイロットたちの戦いぶりが精緻に描かれていて、零戦ファンにとっても舌なめずりするような愉悦を味わえることもつけ加えておく。
(3)最後に本書「永遠の○(ゼロ)」及び上記「児玉清さんの解説」に関する小生及び福山維新の会代表としてのコメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)まず、児玉清さん同様、①人間として究極とも思える尊厳と愛を貫いた男(主人公)の生き様に痛く感動し、②他方で奇抜な・ユニークな発想でのシナリオ・場面・登場人物構成等を大変面白く感じました。
(イ)ところで、小生は、「本書が日本人の反防衛・反国防意識を助長することに繋がらないか」を危惧しております。本書には、作者の執筆意図・背景等が「あとがき」等として書かれていないため、作者の真意がどこに・何にあるのか良く分かりません。このような中、読者の中には、①旧軍のエリートはとんでもない人物の集まりであり、②旧軍の人間性無視・軽視等は度し難いものであり、③このことから類推して今の自衛隊も似たり寄ったりではなかろうか、との感想を抱く方もおられるかも知れません。世の中において、「all or nothing」の視点・発想等で物事を論じることは、余りにも乱暴であり、危険であると思われます。ちなみに、旧軍の中には、①硫黄島で玉砕した守備隊総司令官の栗林中将、②旅順を攻略した第3軍司令官の乃木大将、③ロシアのバルチック艦隊を撃破した東郷元帥、④山本五十六元帥等、名統率・部下思いの名将は数限りなく存在しております。読者・国民、マスコミ等の冷静・客観的な判断が肝用と思料されます。時恰も昨日は、防衛白書(独自の国防へ転換鮮明等)が発刊されました。我が国の国防・防衛問題は深刻であり、我が国を真に有効に防衛するためには、国民の防衛意識が原点であり、極めて重要であります。国民及び福山市民の防衛意識の更なる高揚を願って止みません。そして我が福山維新の会は福山市民の防衛意識高揚のため引き続き尽力する所存であります(以上です)。
(1)全般
先日、妻に「何か感動的な本を知らない?」と尋ねましたところ、「百田
尚樹さんの書いた本を持っている」との返事がありました。その直後、妻が早速、持って来てくれたのが本件「永遠の○(ゼロ)」でありました。小生、初めは、「永遠の○(ゼロ)」とは一体、何を書いたものなのかと疑問に感じ、他方で期待しましたが、読み出した途端に零戦のことだと分かり、①元自衛官(定年まで約38年間奉職)として、また、②零戦の撃墜王と世界中から怖がられ・尊敬された坂井三郎中尉の自宅を訪問し直接、零戦の話を伺った(約30年前、小生がフィンランド防衛駐在官として赴任直前、坂井氏がフィンランドでも極めて有名と聞いたため同氏に面談)者として、大なる興味を抱き読み始めました。その結果、通読時・後、①多大な感動をおぼえました、②一方、本書が日本人の反防衛・反国防意識を助長することに繋がらないかの危惧を感じましたところ、その感動・感想等を読者の皆さんと分かち合いたい(読者の皆さんはとっくにお読みのことと思いましたので)と思い、以下に読後感を紹介させて頂きます。なお、本読後感を書くに際しましては、「永遠の○(ゼロ)」に記載されている「児玉清」さんの「解説(12ページ)」をベースにさせて頂きました。
(2)印象深かったこと(「児玉清」さん執筆の「解説」より抜粋)
(ア)「永遠の○(ゼロ)」と出逢えたときの喜びは筆舌に尽くし難い。それこそ嬉しいを何回重ねても足りない程、清々しい感動で魂を浄化してくれる稀有な作家との出逢いに天を仰いで感謝の気持ちを表したものだ。
(イ)さて、「永遠の○(ゼロ)」とは、一体、何なのだろうか?との疑問を抱きつつ、読みはじめて暫くして零戦パイロットにまつわる話だと徐々にわかってきたとき、僕の胸は破裂するほどの興奮に捉われた。零戦という戦闘機に戦争中の子供の頃から憧れを抱いていたこともあるが、現代と戦争中を交錯する物語の面白さにぐいぐいと引き込まれ夢中になってしまったのだ。しかも途中、何度も心の底からこみ上げてくる感動の嵐に胸は溢れ、突如うるうると涙し、本を閉じたときには、なにやらハンマーで一撃を喰らったような衝撃とともに、人間として究極とも思える尊厳と愛を貫いた男の生き様に深々と頭をたれ、心の中を颯と吹き抜けた清々しい一陣の風とともに美わしい人間の存在に思いっきり心を洗われたのだ。
(ウ)次に、戦争のことも、零戦のことも知らない若者たちが本書を読んで
も素晴らしい感動が彼らの心を包むであろうことは間違いないことをここで強調しておきたい。本書の中では、太平洋戦争とはどんな戦争で、どのような経過を辿ったのか。また、この戦争に巻き込まれた我々日本人は、軍人は、国民は、その間に、どのように戦い、どのように生きたのか。国を護るために戦わなくてはならなくなった若者たちの心とは、命とは。彼ら若者たちを戦場に送り出したエリート将校たちの心は、といったことを作者はものの見事にわかりやすく物語の中にちりばめているからだ。なまじの歴史本などより、はるかに面白く戦争の経緯とその実態を教えてくれる点でも実に秀逸な物語だと思うのは僕だけであろうか。しかも零戦の物語としても面白く、空中戦時のパイロットの心の中や、個性が丸出しとなる戦法の楽しさなどパイロットたちの戦いぶりが精緻に描かれていて、零戦ファンにとっても舌なめずりするような愉悦を味わえることもつけ加えておく。
(3)最後に本書「永遠の○(ゼロ)」及び上記「児玉清さんの解説」に関する小生及び福山維新の会代表としてのコメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)まず、児玉清さん同様、①人間として究極とも思える尊厳と愛を貫いた男(主人公)の生き様に痛く感動し、②他方で奇抜な・ユニークな発想でのシナリオ・場面・登場人物構成等を大変面白く感じました。
(イ)ところで、小生は、「本書が日本人の反防衛・反国防意識を助長することに繋がらないか」を危惧しております。本書には、作者の執筆意図・背景等が「あとがき」等として書かれていないため、作者の真意がどこに・何にあるのか良く分かりません。このような中、読者の中には、①旧軍のエリートはとんでもない人物の集まりであり、②旧軍の人間性無視・軽視等は度し難いものであり、③このことから類推して今の自衛隊も似たり寄ったりではなかろうか、との感想を抱く方もおられるかも知れません。世の中において、「all or nothing」の視点・発想等で物事を論じることは、余りにも乱暴であり、危険であると思われます。ちなみに、旧軍の中には、①硫黄島で玉砕した守備隊総司令官の栗林中将、②旅順を攻略した第3軍司令官の乃木大将、③ロシアのバルチック艦隊を撃破した東郷元帥、④山本五十六元帥等、名統率・部下思いの名将は数限りなく存在しております。読者・国民、マスコミ等の冷静・客観的な判断が肝用と思料されます。時恰も昨日は、防衛白書(独自の国防へ転換鮮明等)が発刊されました。我が国の国防・防衛問題は深刻であり、我が国を真に有効に防衛するためには、国民の防衛意識が原点であり、極めて重要であります。国民及び福山市民の防衛意識の更なる高揚を願って止みません。そして我が福山維新の会は福山市民の防衛意識高揚のため引き続き尽力する所存であります(以上です)。
7/7は533日目としての広報活動を行ないました。さて、本日(7/8)は、「「検察の鬼」と呼ばれた吉永・元検事総長の御逝去」→「「お主(ぬし)ら、品ないぞ!!」の警告・姿勢で政界の「どぶさらい」をした名検事」→「福山維新の会も福山政治の「どぶさらい」に努めます」について、述べてみます。
(1)まず、6/29の各種マスコミは、元検事総長であった吉永祐介氏の御逝去を大々的に報じています。読者の皆さんは本件を先刻御承知の通りでありますので、詳細については割愛させて頂きまして、以下には6/30付産経新聞P1の「産経抄」欄に掲載された記事の要点を紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)亡くなった元検事総長、吉永祐介さんは旧制六高から岡山大の出身である。その六高の1年生時代、こんな「事件」があった。仏語の授業でテストが行なわれることになったが、教師は問題を配るとすぐ教室を出て行った。カンニング公認のようなものだ。
(イ)みんな辞書を引っぱり出したり、人の答案を見たりと、やりたい放題になった。そのとき突然、「お主(ぬし)ら、品ないぞ!」と叫んだのが、吉永さんだった。旧制中学を4年で終えたクラスで最も若い1年生だったが、その一喝で全員「真面目に」答案用紙に向かったという。
(ウ)当時の同級生の思い出である。誰も見ていないからと「不正」を犯すのは許せないという正義感、物おじしない態度と、いかにも後の吉永さんらしい。検察官となった後も妥協を排する捜査で、数々の事件を手掛け「検察の鬼」とまで恐れられた。
(エ)ロッキードやリクルートなど政治家も対象となった事件は、政治へも影響を与えた。「検察が政治を動かすのはおかしい」との批判もあった。だが、吉永さんは「検察は政界を浄化する立場にない」と言い放った。「どぶさらいに過ぎない」と、韜晦(とうかい)してみせた。
(オ)政治をきれいにするのは政治家の仕事でしょ。こちらは「お主ら、品ないぞ!」と警告しているだけだ。そう言いたかった気がする。陰で悪いことをするだけでなく、何の政治信条も持たず、猟官運動だけという政治家に聞かせたかった。
というものであります。
(2)次に上記投稿記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)またまた、「貴重な人材があの世に行かれた」。「誰も見ていないからと「不正」を犯すのは許せないという正義感、物おじしない」旨の吉永さんの態度・人生観には衷心より敬服する次第であります。気骨があり、正義感に溢れ、腹の据わった同氏の御冥福を心からお祈りするとともに、政界の浄化を祈って止みません。
(イ)「政治をきれいにするのは政治家の仕事でしょ」旨の吉永さんのメッセージを政治家(陰で悪いことをするだけでなく、何の政治信条も持たず、猟官運動だけの政治家)は、肝に銘じて行動して欲しい。目下、参院選の真っ最中でありますが、政策・所属党派等に、①ブレブレ、②パフォーマンス、③ポピュリズムの塊の候補者・政党を鑑みた際、果たして吉永さんのような本物の人材が何人おり、そしてそれは誰なのかについて疑問を禁じ得ないのは誠に残念極まりないことであります。さはさりながら、我々国民は投票を棄権することをしてはならず、最悪の場合においても白票を投ずるべきと考えます。
というものであります。
(3)最後に上記記事に関する福山維新の会代表としての小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは、
(ア)「福山の政治家は政治をきれいにすべきだ」
本件「政治をきれいにすべきだ」を換言すれば、福山の政治家は「不正・不公平をなくすべきだ」となります。我が市の不正・不公平は、しがらみ・癒着から来る、(A)逆差別、(B)職労の過保護、(C)既得権益の維持・拡充、(D)猟官運動等に原因があろうと考えられます。すなわち、(A)逆差別に起因する不正・不公平には、①一般市民を蔑ろにした人権の過保護、②我が国周辺の厳しい軍事情勢等を無視・軽視した平和主義への偏重、(B)職労の過保護に起因する不正・不公平には、①市役所に存在する「サービス向上意見交換会(職労と行政の間の)」の活動等、(C)既得権益の維持・拡充に起因する不正・不公平には①企業等との癒着・馴れ合い等であります。
(イ)「福山維新の会も福山政治の「どぶさらい」に努めます」
というものであります(終り)。
(1)まず、6/29の各種マスコミは、元検事総長であった吉永祐介氏の御逝去を大々的に報じています。読者の皆さんは本件を先刻御承知の通りでありますので、詳細については割愛させて頂きまして、以下には6/30付産経新聞P1の「産経抄」欄に掲載された記事の要点を紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)亡くなった元検事総長、吉永祐介さんは旧制六高から岡山大の出身である。その六高の1年生時代、こんな「事件」があった。仏語の授業でテストが行なわれることになったが、教師は問題を配るとすぐ教室を出て行った。カンニング公認のようなものだ。
(イ)みんな辞書を引っぱり出したり、人の答案を見たりと、やりたい放題になった。そのとき突然、「お主(ぬし)ら、品ないぞ!」と叫んだのが、吉永さんだった。旧制中学を4年で終えたクラスで最も若い1年生だったが、その一喝で全員「真面目に」答案用紙に向かったという。
(ウ)当時の同級生の思い出である。誰も見ていないからと「不正」を犯すのは許せないという正義感、物おじしない態度と、いかにも後の吉永さんらしい。検察官となった後も妥協を排する捜査で、数々の事件を手掛け「検察の鬼」とまで恐れられた。
(エ)ロッキードやリクルートなど政治家も対象となった事件は、政治へも影響を与えた。「検察が政治を動かすのはおかしい」との批判もあった。だが、吉永さんは「検察は政界を浄化する立場にない」と言い放った。「どぶさらいに過ぎない」と、韜晦(とうかい)してみせた。
(オ)政治をきれいにするのは政治家の仕事でしょ。こちらは「お主ら、品ないぞ!」と警告しているだけだ。そう言いたかった気がする。陰で悪いことをするだけでなく、何の政治信条も持たず、猟官運動だけという政治家に聞かせたかった。
というものであります。
(2)次に上記投稿記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)またまた、「貴重な人材があの世に行かれた」。「誰も見ていないからと「不正」を犯すのは許せないという正義感、物おじしない」旨の吉永さんの態度・人生観には衷心より敬服する次第であります。気骨があり、正義感に溢れ、腹の据わった同氏の御冥福を心からお祈りするとともに、政界の浄化を祈って止みません。
(イ)「政治をきれいにするのは政治家の仕事でしょ」旨の吉永さんのメッセージを政治家(陰で悪いことをするだけでなく、何の政治信条も持たず、猟官運動だけの政治家)は、肝に銘じて行動して欲しい。目下、参院選の真っ最中でありますが、政策・所属党派等に、①ブレブレ、②パフォーマンス、③ポピュリズムの塊の候補者・政党を鑑みた際、果たして吉永さんのような本物の人材が何人おり、そしてそれは誰なのかについて疑問を禁じ得ないのは誠に残念極まりないことであります。さはさりながら、我々国民は投票を棄権することをしてはならず、最悪の場合においても白票を投ずるべきと考えます。
というものであります。
(3)最後に上記記事に関する福山維新の会代表としての小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは、
(ア)「福山の政治家は政治をきれいにすべきだ」
本件「政治をきれいにすべきだ」を換言すれば、福山の政治家は「不正・不公平をなくすべきだ」となります。我が市の不正・不公平は、しがらみ・癒着から来る、(A)逆差別、(B)職労の過保護、(C)既得権益の維持・拡充、(D)猟官運動等に原因があろうと考えられます。すなわち、(A)逆差別に起因する不正・不公平には、①一般市民を蔑ろにした人権の過保護、②我が国周辺の厳しい軍事情勢等を無視・軽視した平和主義への偏重、(B)職労の過保護に起因する不正・不公平には、①市役所に存在する「サービス向上意見交換会(職労と行政の間の)」の活動等、(C)既得権益の維持・拡充に起因する不正・不公平には①企業等との癒着・馴れ合い等であります。
(イ)「福山維新の会も福山政治の「どぶさらい」に努めます」
というものであります(終り)。
7/4は530日目としての広報活動を行ないました。さて、本日(7/5)は、「定年後の生き方に関する指針」→「東京都練馬区の小学校前で男(ナイフを持ち子供に襲いかかった男)を阻止した広戸さんの生き方」→「誘導員として子供たちと触れ合うことに新たな生き甲斐を感じている広戸さんに学ぶ」について、述べてみます。
(1)まず、7/1付の産経新聞はP1の「産経抄」欄に、「定年後の生き方に関する指針」についての記事を掲載しておりますところ、その要点を以下に紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)定年後の生き方の指針となった本を挙げてください。こんなアンケートがあったら、藤沢周平さんの時代小説「三屋清左衛門残日録」が、上位を占めるのは間違いない。
(イ)主人公の清左衛門は、藤沢作品でおなじみの海坂藩で用心まで上り詰め、今は隠居の身である。悠々自適の生活を楽しむ筈が、たちまち、寂寥感にさいなまれてしまう。新たな生き甲斐を求めて一念発起した清左衛門は、道場と塾に通い始めた。
(ウ)特に子供たちに交じっての塾通いは、「気持ちが若返る感じがするばかりでなく、前途に、宮仕えのころは予想もつかなかった新しい世界がひらけそうな気もしてくる」という。
(エ)東京都練馬区の区立大泉第1小学校前で週2回、児童を誘導している広戸勇さん(71)も、同じく「若返る感じ」を味わっている筈だ。建設会社の技術者だった現役時代は、わが子の成長を見届けられないほどの忙しさだった。それだけに早期退職後に選んだ仕事で、子供たちと触れ合えるのが楽しみらしい。
(オ)先週の金曜日、そんなかわいい子供たちに、47歳の男がナイフで襲いかかった。広戸さんが、誘導用の旗を振り下ろし児童を男から引き離して、事なきを得た。時に命の危険を顧みず、藩のもめ事を解決していく清左衛門を彷彿とさせる。「体がもつ限り、誘導員を続けたい」という広戸さんの、生き方そのものでもある。
というものであります。
(2)次に上記投稿記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)広戸さんの上記誘導員としての勇気ある行動について
広戸さんが危険を顧みず子供の命を救うため、上記挺身行動をされた点は誠に賞賛に値します。小生は5/20付の小生記事において、「命を張って危険に立ち向かった女性警察官(22歳)」を紹介致しましたが、今回の広戸さんは①高齢の②ボランティアーの身でありながら、正義感・責任感旺盛で果敢に行動されたことには本当に頭が下がります。小生も、是非、見習いたいと思っております。
(イ)定年後の仕事について
定年後は「毎日が日曜日」の福山市民も結構多いことでしょう。現役時、①身を粉にし、②家庭・家族を顧みず、③自分のやりたいことを投げ打って仕事に没頭・専念され、その結果、身も心も燃焼し尽くされた方も多いでしょうから、現役引退後は家族との絆を深めつつ、悠々自適な生活を求めるその気持ちは小生にも良く理解できるところであります。望まれるべきは、定年後にある程度の疲れを癒した後は、①奥さんから粗大ゴミ扱いされない中で、②社会に何らかの形で貢献・尽力し、もって有り難いと思われ・感謝されるような存在でありたいと、自戒を含め思っている昨今であります。小生は目下、①公文教室の講師、②福山維新の会としての広報・街頭演説活動をやらさせて頂いておりますが、今後も体が許す限り、継続したいと考えております。
というものであります。
(3)最後に上記記事に関する福山維新の会代表としての小生コメントは、「定年者には福山政治の改革に大いに関心を抱き参画して欲しい」というものであります。
定年者には、一般的に①時間的余裕があり、②各種の経験・知識も豊かであり、③知人・人脈等も豊富であります。一方で我が福山の政治は
(ア)「市民の言論の自由を奪っている(逆差別が主たる要因)」という
ような、①とんでもない、②酷く・非人道的、③日本中で他の市町村に
例を見ない政治、(イ)「鞆の浦の伝統・文化をぶっ壊し架橋する(富士
山や三保の松原を世界遺産に登録することとは全く逆に)」というような
「恥さらし・不名誉」等、の政治が続いております。これを改善・改革
するためには、主役である市民の意識改革と行動が必須であり、この一
環として定年者には率先して、①市議会議員選挙への立候補、②立候補
者の担ぎ出し、③市政懇談会(7/4付の毎日新聞には、市長・教育長
等が今月9日から、市内各地で行なう旨を報道している)への参加、、④
市議会の傍聴、⑤市役所や議員に対する意見・要望の提出、⑥我が会の
実施している街頭演説への飛び込み参加等をして欲しいと思っています。
というものであります。(終り)
(1)まず、7/1付の産経新聞はP1の「産経抄」欄に、「定年後の生き方に関する指針」についての記事を掲載しておりますところ、その要点を以下に紹介させて頂きます。すなわち、それは、
(ア)定年後の生き方の指針となった本を挙げてください。こんなアンケートがあったら、藤沢周平さんの時代小説「三屋清左衛門残日録」が、上位を占めるのは間違いない。
(イ)主人公の清左衛門は、藤沢作品でおなじみの海坂藩で用心まで上り詰め、今は隠居の身である。悠々自適の生活を楽しむ筈が、たちまち、寂寥感にさいなまれてしまう。新たな生き甲斐を求めて一念発起した清左衛門は、道場と塾に通い始めた。
(ウ)特に子供たちに交じっての塾通いは、「気持ちが若返る感じがするばかりでなく、前途に、宮仕えのころは予想もつかなかった新しい世界がひらけそうな気もしてくる」という。
(エ)東京都練馬区の区立大泉第1小学校前で週2回、児童を誘導している広戸勇さん(71)も、同じく「若返る感じ」を味わっている筈だ。建設会社の技術者だった現役時代は、わが子の成長を見届けられないほどの忙しさだった。それだけに早期退職後に選んだ仕事で、子供たちと触れ合えるのが楽しみらしい。
(オ)先週の金曜日、そんなかわいい子供たちに、47歳の男がナイフで襲いかかった。広戸さんが、誘導用の旗を振り下ろし児童を男から引き離して、事なきを得た。時に命の危険を顧みず、藩のもめ事を解決していく清左衛門を彷彿とさせる。「体がもつ限り、誘導員を続けたい」という広戸さんの、生き方そのものでもある。
というものであります。
(2)次に上記投稿記事に関する小生コメントを以下に紹介させて頂きますと、それは
(ア)広戸さんの上記誘導員としての勇気ある行動について
広戸さんが危険を顧みず子供の命を救うため、上記挺身行動をされた点は誠に賞賛に値します。小生は5/20付の小生記事において、「命を張って危険に立ち向かった女性警察官(22歳)」を紹介致しましたが、今回の広戸さんは①高齢の②ボランティアーの身でありながら、正義感・責任感旺盛で果敢に行動されたことには本当に頭が下がります。小生も、是非、見習いたいと思っております。
(イ)定年後の仕事について
定年後は「毎日が日曜日」の福山市民も結構多いことでしょう。現役時、①身を粉にし、②家庭・家族を顧みず、③自分のやりたいことを投げ打って仕事に没頭・専念され、その結果、身も心も燃焼し尽くされた方も多いでしょうから、現役引退後は家族との絆を深めつつ、悠々自適な生活を求めるその気持ちは小生にも良く理解できるところであります。望まれるべきは、定年後にある程度の疲れを癒した後は、①奥さんから粗大ゴミ扱いされない中で、②社会に何らかの形で貢献・尽力し、もって有り難いと思われ・感謝されるような存在でありたいと、自戒を含め思っている昨今であります。小生は目下、①公文教室の講師、②福山維新の会としての広報・街頭演説活動をやらさせて頂いておりますが、今後も体が許す限り、継続したいと考えております。
というものであります。
(3)最後に上記記事に関する福山維新の会代表としての小生コメントは、「定年者には福山政治の改革に大いに関心を抱き参画して欲しい」というものであります。
定年者には、一般的に①時間的余裕があり、②各種の経験・知識も豊かであり、③知人・人脈等も豊富であります。一方で我が福山の政治は
(ア)「市民の言論の自由を奪っている(逆差別が主たる要因)」という
ような、①とんでもない、②酷く・非人道的、③日本中で他の市町村に
例を見ない政治、(イ)「鞆の浦の伝統・文化をぶっ壊し架橋する(富士
山や三保の松原を世界遺産に登録することとは全く逆に)」というような
「恥さらし・不名誉」等、の政治が続いております。これを改善・改革
するためには、主役である市民の意識改革と行動が必須であり、この一
環として定年者には率先して、①市議会議員選挙への立候補、②立候補
者の担ぎ出し、③市政懇談会(7/4付の毎日新聞には、市長・教育長
等が今月9日から、市内各地で行なう旨を報道している)への参加、、④
市議会の傍聴、⑤市役所や議員に対する意見・要望の提出、⑥我が会の
実施している街頭演説への飛び込み参加等をして欲しいと思っています。
というものであります。(終り)
