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真善美 を強く求める 多くの善良な福山市民のために活動しませんか
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4/17は90日目としての広報活動(街頭演説等)を行ないました。さて本日は、「理性が求められる福山新市長候補者の担ぎ出し」について以下述べます。先般の羽田市長の3選出馬表明を受け、市民グループとしての対抗馬担ぎ出し活動が今後、活発化を増してくることと思いますが、この際、同グループとしては選挙の本質・目的等を十分理解・認識した理性的・冷静な活動が求められるものと思料されます。すなわち、我が福山市で対抗馬を担ぎ出すためには福山市の本質的課題(逆差別、左寄り政策を背景とした「誰からも相手にされない福山市」)の把握・認識とこの解決策(特定集団の徹底的排除等)に基づき適任の候補者を擁立すべきであって、スタンドプレイ(真善美の追求と言う高邁な精神をベースに、しがらみを振り切り、また、改革のために命を投げ出す位の気概はあるのか?)に基づく出馬者自身による出馬表明(口先だけーーある意味で民主党に類似)に市民が安易に飛び乗るという行為・構図は避け理性的・冷静的に行動すべきと思われます。その理由は福山における市長選挙は、「市民志向の市民の為の民主主義」奪回が最も重要であるにも係わらず、出馬者本人及び一部の扇動者がこの点を十分認識・明示せず自分自身のメリット獲得のために多くの市民を巻き込み利用しようとする思惑に市民がまんまと騙され、便乗させられることがもし生じれば、それは本末転倒だからであります。「誰か対抗馬を出さなければ福山市として恥ずかしいから」「大同団結の必要あり」との理由(これらも主張者の自己利益追求に基づく一種の詭弁)で、不本意ながら説得され乗せられて不適任者担ぎ出しに加担すことの方がより恥ずかしい行為(本質を忘れた幼児的発想・行為)と小生は思いますが、皆さんの御意見は如何でしょうか?出馬者は本来、多数の市民からの「出馬して欲しい」旨の要請・支持なくして容易に出馬すべきでないと考えます。仮に適任の出馬者がいなかった場合には、強引に担ぎ出さず(福山の過去の選挙市民活動において数多くの仲間割れ・足の引っ張り合い等見苦しいものがあり禍根を残しているのでは?)今回の選挙は諦め、一方、市民は選挙の意義を再認識するとともに担ぎ出し失敗等を深刻に反省し、4年後(落下傘市長擁立)に備えればよいと考えられます。

 

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4/16は89日目としての広報活動(街頭演説等)を行ないました。さて本

日は、「福山の新市長に求められる資質(その2)」について以下述べます。4

/14は本件資質に関し「(1)豊富な経験・見識に基づく斬新な発想力・総合

判断力、(2)企画力、(3)実行力(リーダーシップを含む)」が必要である旨

を述べましたが、この点をより掘り下げてみますと、そこには組織力の充実・

強化が不可欠(新市長を中心とし充実・強化された新たな市役所組織が不可欠)

という話に発展してきます。その理由は、新市長一人では、能力、体力、時間、

情報等の面で自ずと限界があり、全てのことに対してリーダーシップが発揮で

きないため適切な補佐者が必要不可欠となります。一般的には地元出身新市長

が誕生した場合、現行市役所組織をリシャフルして組織力の充実・強化(例え

ば、新たな副市長、局長・部長級、市役所顧問等の登用)が図れるかどうかの

大なる疑問が生じて来ます。何故なら、その市長は(1)上記人材をまず、福

山のみならず全国の中から発掘できるだけの人脈等を有しているのか、(2)次

に発掘できたとしてそれらの人材を評価しうるだけの眼力・経験等を有してい

るのか、(3)更に、それら有能な人材を使い切ることができるのか(本人より

優れた人材を使い切るのは一般的に困難)等の課題があるからです。これに比

べて落下傘市長の場合には、元来、そのような課題を克服し得る人材であるた

め、心配は少ないと思われます。市長候補者の担ぎ出しに際しては、現行政に

対する単なる欲求不満のはけ口としての担ぎ出しでは無く、「逆差別」「左寄り」

を是正し真に改革実行(上記組織力を通じて)をし得る候補者(落下傘市長候

補者がベスト)担ぎ出しに慎重を期す必要があると考えますが皆さんの御意見

は如何でしょうか?

 

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4/15は88日目としての広報活動を行ないました。さて本日は、「北朝鮮の

ミサイル発射問題」について以下述べます。まず、4/13以降のテレビ及

び各紙は、北朝鮮が本件発射失敗を報じています。ここでは、ミサイルの発射

問題を直接論じることは避け、北朝鮮の偏った政治姿勢・行動から「我が福山

市として何が学べるか」について、以下、述べてみたいと思います。結論から

言いますと、「市民志向の民主政治が重要だ」という点が学べると考えます。北

朝鮮は、政治の原点である「国民を大事にする」「国民のための政治をする」を

完全に放逐して(国民を飢えで苦しまさせ、また、人権・自由等奪い取ってい

るため)、主導者が自分達のための政治(極端に言えば、権益獲得・拡充のため

の政治)を行なっていると言えます。一方で福山市はどうでしょうか?福山市

の歪んだ思想・イデオロギー(①逆差別、②左寄り)に基づく政治・行政は北

朝鮮のそれと、ある意味で似ている(飢餓死者こそいませんが、市民を無視・

除外している)と思われます。北朝鮮では国民の蜂起は仲々難しい問題ですが、

福山では蜂起でなくとも選挙において改革市長(落下傘市長)を擁立でき、こ

の事により市民志向の民主性が取り戻せるのですから、福山市民はそろそろ真

剣に本件取戻しを考えるべきと思料されます。

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4/13は86日目としての広報活動を行ないました。さて本日は、「落下傘市

長擁立による変革後にできる夢(その2)」として「物の面における夢(4/7

の「心の面における夢」の続編)」について以下述べます。まず、この夢につい

ては、(1)当面の夢と、(2)中長期的な夢(少子高齢化対策、3360億円

の借金の返済等)があろうと思います。次に夢の内容(項目)別には、(1)健

全な行財政の確立、(2)伝統と文化の継承(3)安心・安全の確立、(4)経

済の発展・雇用の改善、(5)健全な教育の確立、(6)少子高齢化対策等が主

要な夢(個人差があり、多様)と考えられます。ところで、これらの夢を実現

するためには、財源を無視しては何もできない(絵に描いた餅となる)ことか

ら、(1)何と言ってもまず、①「逆差別」「左寄り」という思想・イデオロギ

ーの除外(この除外により、人件費の削減・家賃等の回収・税金の無駄使いの

排除が可能となる)②癒着・談合・馴れ合い体質の排除(この排除により、不

要な工事の削減・競争入札導入等による税金の無駄使いの排除が可能となる)、

③不公正・不公平体質の排除(この排除により、人件費の削減・適正価格での

発注により税金の無駄使いの排除が可能となる)が必要であり、次いで(2)

他の無駄な税金使用の排除(事業仕分け等による)、(3)適切な財源の使用(市

民の協働参加)、が重要と考えられます。ここで財源確保の最大の鍵・源は人件

費の削減、とりわけ①市職員の人件費削減(約170億円、4/10記述済み)

にあります。次に②市長の給与4割削減、③市議会議員の定数5割削減及び報

酬等の4割削減を行なう必要があります。なお、上記①②③の削減は、市民の

期待・希望する「官民格差」の視点から、落下傘市長は是非ともやり抜くべき

で、他方で市民に夢を与える公約であります。以上の削減・抽出から生ずる合

計約200億円近い金は、①70億円が借金の返済(3360億円の借金を5

0年間で返済)、②残余の130億円が、各種の夢の施策に運用できます。さて、

本題に返り、「物の面における夢」ですが、この細部内容は今後、無責任・言い

放しを避ける(民主党のマニフェスト反古を参考にして)観点から、継続的な

検討(必要性、可能性、受容性の観点から要検討)が必要であります。但し夢

追求の一般的方向性としては、(1)経済・雇用、(2)安心・安全、(3)伝統・

文化の継承、、(4)少子高齢化対策(5)中心市街地の活性化、(6)利便性(ワ

ンストップ)の拡大(7)家庭負担の軽減等でありますが、市民の知恵・要望

等を結集した検討が必要であります。最後に、落下傘市長実現の最大の成果は、

夢を実現できる基盤を作ってくれる(過去は、裏付けの無い単なる夢物語であ

ったが)ことである点を強調させて頂きます。

 

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4/12は85日目としての広報活動を行ないました。本日は「恥の文化を忘れた市議会議員」と題して以下述べます。まず、「恥の文化」については、皆さん、先刻御承知の通り、ルース・ベネディクトが「菊と刀」の中で述べた言葉です。本件「恥の文化」の捉え方は色々な見解があるでしょうが、小生は日本人の伝統的美学として現在においても大事にすべきものと考えております。しかしながら、戦後、米国の占領政策及び偏向した学校教育を基に、時代の変遷とともに日本人の価値観、特に恥に対する捉え方も随分と変わって来たように感じられます。具体的には、現・前市議会議員等の中に、選挙準備・本番期間を通じて、「平気で嘘を言う、嘘がばれると開き直る、敬語・丁寧語を知らない、済みませんと言えない、有難うございましたと素直に言えない等」恥の欠如に関する言語・挙動が数多く見られました。彼等は日頃目立つ存在・活動であるが故に酷いと感じるのは小生だけでしょうか?社会が彼らを善導する・育てる必要性を痛感します。以前は、「嘘は泥棒の始まり」「人様・世間に顔向けできないから恥をかかさないでくれ」等が日常用語であったと思います。①義務を忘れ権利の追求、②物質主義に取り付かれ、人間性教育を忘れた日本の学校・社会・家庭教育にレッド・カードが将に点滅していると言えないでしょうか?さはさりながら、①昨年の東日本大震災で国際的に評価された日本人の沈着冷静さ・勇敢さ・優しさ等、②小生街頭演説時に感じる中学生等の礼儀正しさ・素直さを思い返しますと、何か上記態度との間にギャップを感じますが、所詮小生の独断と偏見でしょうか?そうであることを念じています。かく言う自分も恥を忘れた日本人の一人に成り下がっているのかも知れません。有言実行をモットーに自戒を重ね、一方で本業の公文教室の講師として人間性の教育・指導(実際は、生徒に教えられることが多いですが)の重要性を痛感している昨今であります。

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