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5/2は105日目としての広報活動を行ないました。さて本日は、「自分が

体験したフィンランド事情(その8)」として「フィンランドの白夜」について

以下、述べます。皆さんは白夜についてはテレビ・新聞等でよく御存知のこと

と思います。さて、フィンランドの北端に行きますと、特に夏至の時期(51

日間)ともなれば、一晩中、太陽が地平線の下に沈まない白夜の状態となりま

す。このようなロマンチックな雰囲気のもとで、若い男女が愛をささやき、恋

にひたっている光景はまさに映画の一シーンかと錯覚するばかりです。ただ、

ここで一点補足しなければならない点は、冬ともなりますと、白夜と正反対の

現象が生じるという事であります。例えば、首都ヘルシンキにおいては、夏場

は夜(真っ暗にならず、薄暗い)が4~5時間程度ですが、冬場は明るい時間

が4~5時間で、残りの時間は真っ暗となります。ちなみに、小生の子供(男

の子2人)は当時、小学2・3年でしたが、学校へ向けて家を出る時は真っ暗、

授業が終わって学校から家に向かう時も真っ暗という状況でした。上記白夜到

来に伴い、フィンランド人は夏場は睡眠不足が続く(楽しくてしょうがないか

ら睡眠不足となるため)と言います。遅くなりましが、この辺でフィンランド

の地理的特性を紹介しましょう。何故なら、この地理の特性から本件「白夜」

や続編で述べる「ビキニ・スタイル」等が派生しているからであります。フィ

ンランドは北緯約60度から約70度の間に位置しており、首都ヘルシンキは

61度でカムチャッカ半島の付け根に相当します。このように緯度が高いこと

が、フィンランドの白夜発生や日差しの弱さ(ビキニ・スタイルの必然性)を

もたらしている原因となっております。(後編へ続く)

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5/1は104日目としての広報活動を行ないました。さて本日は、「自分が

体験したフィンランド事情(その7)」として「サウナ発祥の地 フィンランド

(後編)」について以下、述べます。前編においては、「フィンランド人は、サ

ウナから出た後は、「夏場」は男女とも生まれたままの姿で、サウナ小屋のすぐ

横にある湖や海に飛び込んで水泳したり(我が家族が隣人にサウナへ誘われた

際、義母が3人の娘さんの背泳ぎ姿を目撃等)(フィンランドは人口密度が日本

と比較した場合、約1/24(面積は日本とほぼ同じでありながら、人口は約50

0万人)であり面積の割りには人が少なく、また治安が良いから他人から裸を

見られることを余り心配してしない)、或いは、シャワーを浴びて体を冷やしま

す。」旨を述べました。ところで冬場ですが、彼等は余興の一環としてサウナの

直後、湖等の氷(地域で異なりますが、一般的には氷の厚さ約0,5m~1m)

を切り開いて作った穴(約1m×1m)に入り込み(深さ約1m)、或いは雪の

上を裸で転び回って体を冷やす事もあります。私にとってその感触は強烈で(心

臓が止まるかと思った)、今でもその体験は楽しい思い出として脳裏から離れま

せん。ここで、フィンランドのサウナについて少し付言したい点は、サウナが

一部の欧州諸国に見られるような、決してひわいなものでは無くて、元来それ

は、フィンランド人にとり神聖・重要な場所であるという事です。それを示す

ものとして昔は、①サウナの中で母親が赤ん坊を生み、②花嫁が輿入れをする

前に身を清め、また③医者が手術を施す時にも使用、④家を新築する際は、ま

ず、どの場所にサウナ小屋を作るかを考えて、いたものであります。最後にフ

ィンラン人のサウナの楽しみ方を紹介します。日本人は一般的にスリム化(贅

肉を落とす)のためにサウナに入り高温(40度以上)の部屋で熱いのをじっ

と我慢して汗を流そうとしますが、一方フィンラン人は38度位の低温の中で

10分~15分、サウナ部屋に入り、会話をしたり読書をし、これを数回繰り

返します。後日、フィンランド人の「学力世界第1位」(最近は2・3位に落ち

ているとは申しますものの)、「政治への関心の深さ」について記述しますが、

その原点・理由の一つがサウナにあります。余談ですが、サウナ付きコテッジ

(別荘と言う程、立派なものではありません)には、邪魔されるのを避けるた

め電話も引かず、夏場約1ケ月の休暇中、家族だけで(時として親戚・友人を

招待しますが)読書、サウナ、釣り、射撃、木工、団欒等にふける者もいると

聞いております(サウナ編は終り)。

 

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4/30は103日目としての広報活動を行ないました。さて本日は、「自分が

体験したフィンランド事情(その6)」として「サウナ発祥の地 フィンランド

(前編)」について以下、述べます。まず、日本人にもサウナ(日本のサウナは

①大半がスチームサウナであり、②一部は電熱によりストーブの上部に置いた

石を発熱させ室温を上昇させるストーブサウナもありますが、安全管理上、水

を発熱した石に撒いて蒸気を発生させ室温を上昇させる方法は採用していな

い)愛好者は沢山いますが、フィンランドはサウナ発祥の地(①サウナの原型

はスモークサウナ(白樺の木をサウナ小屋で丸一日燃やし続けて煙を充満、室

温を上げ、その後煙を排出してのサウナ)、次いでが②白樺の木をストーブで燃

やし、ストーブの上部に置いた石を発熱させ、それに桶の水をぶっ掛けて蒸気

を発生・室温を上昇させるサウナ)であります。次にフィンランド人にとって

は生活上、サウナは切っても切り離せない程、重要なものであり、彼

等は家族ぐるみで楽しんだり、気の合った者同士が利用したり、更には最近で

は政治家やビジネスマンがサウナの中やその後にリラックスした気分で交渉す

る場合にも使っております。利用回数は通常、国民一人当たり週1~2回です

が、休暇時サマーコテッジ等においては毎日と聞いております。紙面の都合も

あり、以下では特異な事項について紹介します。フィンランド人は、サウナか

ら出た後は、男女とも生まれたままの姿で、サウナ小屋のすぐ近くにある湖や

海に飛び込み、或いは、シャワーを浴びて体を冷やします。その後、未だ温も

りの残る体にバスタオルを巻いた状態でビール、或いは、ウオッカ(ビンの周

りに霜ができる程によく冷えた)を飲みます。我々外国人にとっても、このよ

うな場で飲むアルコールの味は格別で、私などは特にウオッカは50度という

度数があるにも拘わらず、つい「お代わり」を何度も要求したような次第です

(後編へ続きます)。

 

 

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4/29は102日目としての街頭演説を行ないました。さて本日は、「自分が

体験したフィンランド事情(その5)」として「対日感情の良いフィンランド」

理由のうち、三つ目として「皇太子(現天皇陛下)御夫妻のフィンランド訪問

時のエピソード(花を愛し心優しい美智子妃殿下)」について以下、述べます。

美智子妃殿下は2日目(2泊3日の訪問中)のフィンランド訪問において、皇太子と別行動され、ある地方を視察されました。その時、路傍に咲き誇った花を見つけられ(訪問時期は6月で最高に天候が良い)、「きれいな花だこと」とつぶやかれましたところ、接伴員のフィンランド女性がそれを聞きつけ、「お採りしましょうか」と申し上げましたが、妃殿下は、「いえいえ、かわいそうだから」と、にこやかにその申し出を辞退されたと聞いております。後でこの話はマスコミ報道により多くのフィンランド国民の知るところとなり、私のフィンランド友達も美智子妃殿下の心の優しさに強く印象付けられたと述べていました。上記訪問の約10年後、皇居に招待された時(10周年記念感謝お茶会に)、小生は美智子皇后陛下に、「皇后陛下、10年前のフィンランド訪問時の花騒ぎ(話題)を今でも御記憶ございますか?」旨お尋ねしましたところ、「良く覚えております」と回答頂きました。そこで物は次いでとばかり、「その時見つけられた花は何でしたか?」と、あつかましくお尋ねしましたところ、「それはスズランでした」と答えられました。そう言えば約1年前の東日本大震災発生に関連して、天皇陛下・美智子妃殿下が被災者の御見舞い等に際してお示し・御発言等されました時の気配り・優しさ等を思い出しました。両陛下の国民を思う心は本物なのだと再認識させられた次第です。

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4/28は101日目としての街頭演説を行ないました。さて本日は、「自分が

体験したフィンランド事情(その4)」として「対日感情の良いフィンランド」

理由のうち、二つ目として「中曽根・現職総理大臣のフィンランド訪問時のエ

ピソード(厳寒の中で英霊を奉る総理の心)」について以下、述べます。中曽根

総理大臣は日本の現役総理大臣として初めてフィンランドを訪問され、まず最

初に訪れたのが「戦争英雄の墓」であります。ちなみに各国のトップが他国を

公式訪問時に、訪問先の「戦争英雄の墓」「無名戦士の墓」等を訪れ献花をする

ことは国際慣例となっております。ところで中曽根総理は、マイナス34度と

いうヘルシンキ(首都)歴史上最も寒い状況にも関わらず、訪問を決行されま

した。その時のエピソードをこれから紹介します。実は小生は本件献花に際し

て総理に同伴(小生1人のみ、自衛隊の制服着用・礼装して)させて頂きまし

た(世界の慣例として訪問元のトップが献花の際、現地に駐在するその国の武

官(防衛駐在官)がトップに同伴して献花するのが慣わしとなっている関係上)。

政府要人等約200人、各国マスコミ約200人が見守る中、総理は墓の直前

まで徒歩前進した後、定められた位置に到着したため、小生が総理に花束(そ

れまで小生が抱えていた直径約1m、重さ約15kgの花束)を渡そうとしま

したら、総理は突然それを断って、やおら手袋を取り始めました。何をされる

のだろうかと観察していましたら、その手袋を丁寧にポケットに仕舞われ、そ

の後私に「花束を渡せ」と言わんばかりに手を差し延べられました。その後、

総理は一人でツカツカと墓に向かって歩かれ、墓の前で停止され深々と敬礼を

され献花をされました。これを見た列席者、とりわけ、マスコミがビックリし

ました。その理由は彼らが過去、厳寒の中で手袋をとって献花したトップを見

たことが無いからであります。マスコミは、「英霊を奉らんとする中曽根の態度

に感銘を受けた」とのコメントを世界中に発信しました。実は中曽根総理が献

花に関してこれだけの評価を得た裏に次のようなもの騒ぎがありました。それ

は、フィンランド訪問の数ケ月前の国会予算審議で同総理が、「日本が防衛努力

を怠るとフィンランドのようにソ連のお情けを受け属国となってしまう(フィ

ンランド化)」旨を発言し、フィンランド人をカンカンに怒らせた経緯が有った

からであります。それ故、今回の献花で点数を上げられた総理は、一転して、

日本とフィンランドの友好関係を良いものとされました。最後に日本において

は、他国のトップは靖国神社を公式訪問すべきを日本政府がこれを認め・許さ

ないのは誠に残念です。

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