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福山市長の「欠礼の実態(恥・不名誉等の1つ)」

1 はじめに

小生は、過去、福山政治・行政の実態は日本の中でも例を見ない程、劣悪なものである旨をFacebookを含め「福山維新の会」及び小生のブログ・Twitter等を通じて広く一般に紹介して来ました。

そしてその劣悪さの最たる例が、逆差別、無駄使い、恥・不名誉の塊、伝統・文化のぶっ壊し、小中学生の暴力多発・左寄り新中学校用教科書採択等教育の荒廃、中心市街地の荒廃,安全ボケした津波対策、⑧市議会の次元の低さ・お粗末さ等、であると述べて来ました。

 

先般、本件紹介の一部として、「逆差別の実態(その1)」を掲載致しましたが、今後

逐次に上記実態の細部を皆さんに紹介し、福山の酷さの再認識に供したいと思います。

今回は、標題「福山市長の「欠礼の実態(恥・不名誉及び逆差別の1つ)」」について、以下述べます。

 

2 福山市長の「欠礼の実態(恥・不名誉及び逆差別の1つ)」について

  本年2/11、リーデンローズで日本会議福山支部(支部長:徳山市議会議長)主宰   

 の「建国を祝う会」(毎年恒例行事)が開催されました。

  小生は某氏の勧めもあって初めて参加しました。

  当日は、安部元総理大臣も来賓参加されるとのことで、会場は満杯(約1200名?)であり、過去最大の集客でありました。

 

  さて、いよいよ市長の「欠礼(来賓侮辱)(恥・不名誉及び逆差別の1つ)」」の始まりです。

  本行事開始とともに一番バッター(行事開催に伴う来賓祝辞・挨拶)として登場されたのは、皆さん、どなたと思われますか?

  それは羽田市長では無く、司会者のアナウンスで現れた伊藤・府中市長でありました。

  小生は、登場のアナウンスを聞き、また、登場光景をみて、「ビックリ」するとともに、異様・異常感を抱きました。

 

  それはそうでしょう、皆さん。何故、羽田市長が来なくて府中市長が来て挨拶をするのですか?

  ここは福山です、府中ではありません。

  よしんば、羽田市長が参加できなければその代理として、2名の副市長が控えているではありませんか。 

  しかも安部元総理が来賓参加されることを羽田市長は事前に十二分承知しておりながら、自らは勿論参加せず、その上、代理者も参加させないとは異常そのものと感じました。

 

   皆さん、この後、もっと驚くべきことがありました。

   想像できますか?

   それは、府中市長の挨拶内容でした。

   すなわち、伊藤市長は、「私は、福山市長に代わって本日、挨拶に参りました。」旨の前置きの後、「私は府中市長として過去、9年間、部落開放同盟及び共産党と徹底的に戦い改革を進め成果を挙げて来ました(この言葉は、挨拶の最後にも繰り返された)」と、声高らかに述べられ、満場の聴衆者に感銘感動を与えられました。

 

   皆さん、伊藤市長のように、大衆の前で、「部落開放同盟」という名称を大声で言い切る福山市民を見たり、聞いたりしたことがありますか?

   私は、約2年半の帰福生活の中で初めてのことでしただけに、感銘を受けました。

 

   さて、羽田市長の欠礼(恥・不名誉及び逆差別の1つ)」に話を戻します。

   安部元総理につきましては、皆さん先刻、御承知の通りでありますが、現職中に体調を壊され、総理を辞任されました。

   鳩山・管元総理とは、「月とスッポンの差」が有るほどの、人格・識見・高邁な精神の保有者であり、且つ総理としての実績も残されました。

   それであるにも拘わらず、羽田市長は来賓挨拶という礼儀を、特定団体に配意してか、意識的・意図的に欠きました(来賓侮辱)。

  

 一方、本年6/12付の地方紙によりますと、「羽田市長、部落解放同盟福山市協議会の定期大会に来賓出席」「人権文化の根付いたまちづくりに取り組みたいと挨拶した」旨の記事が報じられております。

   同和対策事業特別法(同和地区の住環境整備など国を挙げての格差是正)は、役目を終えたとして2001年度末に失効しておりますが、失効後10年にならんとしている今日においても、上記のような欠礼が福山で平然と行なわれている現状は、皆さん、どう考えてみても、ノーマルではないですよね。

 

   引き続き、以下の内容について述べたかったのですが、文章が余り長いと嫌がられますので、本日は骨子のみの記述とし、別途、機会を捉えて細部を紹介させて頂きます。

 

3 「恥・不名誉及び逆差別」等が福山政治・市民に及ぼすマイナス面

(1)県等から「相手にされない」福山市行政

(2)優秀な・やる気のある人材がUターンしない福山市

4 「恥・不名誉及び逆差別」等を排除するための方策

(1)落下傘市長の擁立

(2)恐怖からの脱却(「過去の亡霊」に対する過大評価を排す必要あり)

 

                            (終り)

 

 

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皆さん、こんにちわ。本日は 以下に「福山維新の会」活動に関する最新情報を掲載し皆さんに提供させて頂きます。すなわち、我が会は、本年10/16を皮切りに、その後も継続して、「毎週日曜日 午前10時~12時 福山市民参画センター」で「福山維新の会」会合を開催致しておりますので奮って御参加頂ければ幸甚です。この会合は我が会とfacebook友達等との気楽な顔合わせ・意見交換の場であります。 ところで、福山の政治は皆さんも先刻、御承知の通りですが、①逆差別、②無駄使い、③恥・不名誉の塊、④伝統・文化のぶっ壊し、⑤小中学生の暴力多発・左寄り新中学校用教科書採択等教育の荒廃、⑥中心市街地の荒廃,⑦安全ボケした津波対策等、酷いものです。そこで「落下傘市長の擁立」により福山を根本的・抜本的に立て直す外、改善の道はありません。どうか皆さんにも福山改革と言う「清く・美しく・高い志」に基づく御支援・御協力を宜しくお願い致します。そのためには、まず、福山の酷さの実態を幅広く再認識頂く事が第一歩であります。それ故、上記の「福山維新の会」会合に気楽に・是非、御参加下さい。「一期一会」の「心の通じた絆」を大切にしたいと思います。(終り)

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本日は「明日の福山を創る「ノーブレス・オブリージュ(高貴な人の義務)」」について述べます。

 

本年2月、「福山維新の会」を立ち上げて以来、市民活動(選挙活動を含む)の展開、或いは支援を自認する数多くの方々(以下、「高貴な人」と呼称致します)にお会いして来ました。

振り返って考えてみますと、誠に残念なことに、これら「高貴な人」の中に「福山を変える」ことに関して、口とは裏腹に志高く、熱く、真剣に考えている方が極めて少ないことを痛感しました。

 

一方で、我が会は昨日も会合を福山市民参画センターで予定通り開催致しました。

参加されたメンバーは、10/20付の「ビジネス情報誌による「福山維新の会」取材記事掲載」を背景として、一段と福山改革(落下傘市長の擁立)に燃えています。

 

さて、小生がこのブログで一番申し上げたいことは、標題(ノーブレス・オブリージュ)(高貴な人の義務:語源はフランス語ですが、世界で共通的な概念・表現)についてであります。

すなわち、上記の通り、「高貴な人」の中には「福山を変える」ことに関して、志・真剣度に疑問、換言すれば、「理論と精神」並びに「実行・行動力」に疑問、を抱かせる方々が多過ぎ、ノーブレス・オブリージュの真価を目下、問われていると言えます。

より分り易く申せば、これまで福山を変える活動・運動を標榜・提唱・主導してきた「高貴な人」の何が特に問題なのか、それは「理論不足・情熱不足・高邁な精神不足で、且つ、実行力の欠けた口先だけの行為」でありましょう。

 

更に問題なのは、それらの「高貴な人」が、福山市民を悪者にし、自分の義務・「自助努力」を棚上げしていることではないでしょうか。

すなわち、「高貴な人」は異口同音に「福山が変わらないのは福山市民が無知・無能だから。民度が低いから。」等と発言してきました。

 

然らば、そのような市民批判を繰り返して来た「高貴な人」が、福山行政の酷さの実態を総合的、且つ、論理的に市民に説明し、市民を啓発・啓蒙してきたのでしょうか?

小生が、それら「高貴な人」と話した限りでは、総合的・全体的な視点・視野からの説明は無く(小生が質問してみても)、個別な・断片的な・古い・感情論的・証拠不十分な説明が圧倒的でした。

これでは市民が市行政の酷さを十分知らなく政治に関心を失い、その結果市長選投票率が一層低下、福山市が更に悪化の道を辿るのは当たり前と考えられます。


市長選に何度、負ければ気が済むのでしょうか?

「負ける戦争(市長選)をしない」は、古今東西の鉄則ではないですか。

負け戦を繰り返している「高貴な人」は、実は、その負けを通じながらも結果として何らかのメリット(自己の存在感誇示等)を得ているとしか考えられません。

このような方は、正に「公害」以外の何物・何者でもないとしか言いようが無

いと思われます。

市民のミスリードは、程々にして頂きたいと思います。

 

ところで、我が「福山維新の会」は、過去、福山行政の酷さを以下の内容・項

目等で説明(総合的・論理的・実証的)し、改善提言してきました。   

何ら御参考までにここに添付させて頂きます。

①逆差別(不公正・不公平)
恥・不名誉(欠礼、国旗未掲揚、過度の人権擁護、伝統・文化の          

破壊、偏向的な新中学生用教科書の採択、全国でも最低レベルの自衛隊協力度等)

不健全な行財政(税金の無駄使い、予算の2倍という多額の借金の長期返済計画無し等)

低迷した経済・雇用(福山駅南商業施設の崩壊等)   

不安全・不安心(安全ボケした津波対策、小中学生徒の暴力・万引き・い     

じめ等多発)

最後に、優秀な・やる気のある人材が故郷福山へ帰ってこない(Uターンしない)という事態は何かおかしい・異常と皆さん、思われませんか?

そしてその原因は酷く・魅力の無い・恥不名誉の塊である福山行政の実態を承知しながら、福山行政を変え切れない(極端な場合、福山行政を口で批判しながら、あべこべに体制派を手玉にとり、裏で彼らと手を組み癒着している)「高貴な人」に重大な責任があると思われませんか?

 

このような話(単なる批判では無く、前向き解決を図る)を、「福山維新の会」会合(毎週日曜日午前10時~12時 福山市民参画センター)で、顔を突き合わせて(Face  to Faceで)語りませんか?

枝葉末節なことを鬼の首を取ったように言い触らすのは、そろそろ止めて(空しい)、幹(vitalな話)を語りましょう。

福山の将来に夢も希望も無く、不平・不満を陰でブツブツ言い、奥さんに嫌われながら、ストレスの溜まる・不衛生・漫然たる生活をし、決定的なのは福山市の「巨大なつけ」を子や孫に回すことの何処に先人としての人間尊厳や存在価値・生き甲斐がある

のでしょうか。

 

ある人が言っていました、「皆さん、若者が高齢者に関して何を考え、何を言っているか知っていますか?無駄な税金を使わずに早くあの世に行って貰いたいと。」

今一度、福山行政及びノーブレス・オブリージュ等について真剣に考えてみる必要がありそうです。

 

リンカーン・米国元大統領の名言「人民の人民による人民のための政治」、言い換えますと、「福山市民の福山市民による福山市民のための政治」を樹立しましょう。

このためには、「落下傘市長の擁立」が必須です。

「小異を残して大同に付き」、大同団結しましょう。

これしか、福山を変える道・方法はありません。

(終り)

 

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今回は「晴天の霹靂(捨てる神あれば拾う神あり)」について述べます。

本日、「ビジネス情報」から郵便が届きました。

何だろうかと封を切り中身を取り出して見て驚きました。

同情報誌(10/20)に、「福山維新の会」に関する取材(小生が9月下旬取材受け)記事が掲載されておりました。

先般の取材受け時には、勿論、我が会に関する情報提供を真摯に行いましたが、それに留まらずマスコミ全般の要改善事項について厳しく指摘・提言させて頂いた為、本誌に掲載されることはすっかり諦め完全に忘れておりました。

ところが「ビックリ」でした。

同誌P29に「「福山を変える」賛同募り、落下傘候補で市政維新を」の見出しで以下の要点が記載されています。

すなわち、

①「「福山を変える」を合言葉に、しがらみのない落下傘候補による新市長の擁立を目指し、今年2月、「福山維新の会」を立ち上げた」

②「同会がこだわるのは、単なる改革派の落下傘候補ではなく、市民主導での候補擁立を目指す点。「行財政改革を望む市民の声を結集し、その支持を背景にすることで、新市長が公約に基づく思い切った改革を実行できる」としている。」

③「落下傘候補に出馬をお願いするには、勝てる土壌を用意する必要がある。最終的な賛同者の目標数は10万人。まず1000人を集め、そこから輪を広げたい」

という要点であります。

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本日は「落下傘市長の擁立」について述べます。

なお、詳細については、「福山維新の会」又は「福山維新」として検索し、①「福山維新の会」ブログ、又は、②「福山維新on twitter」に掲載しております「福山維新の会とは一体何者か?」を御覧頂きますと幸甚です。

 

さて、本題に返り、①まず、「落下傘市長」でありますが、これを一言で申しますと、「福山にしがらみの無い市長」ということになります。

すなわち、新市長(市長立候補者)が福山出身では無く、福山に係累の無い「よそ者」だということであります。

 

次に、「何故、落下傘市長を擁立するのか、落下傘市長でなければならないのか」の点であります。

その理由は、

①選挙(準備中を含む)の段階で相手側からの執拗・陰湿な組織的妨害工作によりつぶされない(結果として内部分裂しない)ため、

②市長当選後も思い切って改革ができる(当選後、相手側からの強烈・過激な反対を押し切って改革する)から

等であります。

 

ここで皆さん、過去の市長選を振り返ってみて下さい。多くの候補者が真摯に・我が身を犠牲等にして選挙活動で頑張られましたが、結果は誠に残念なものでした。我々福山市民は、今度こそ先人のこの貴重な教訓を生かすべきと小生は考えますが、皆さんはどのように考えられますか?

 

以上は、「落下傘市長擁立」の「必要性」について述べました。

「そんなこと言っても、落下傘市長の擁立が本当にできるのか?」との声が聞こえて来ます。

そこで以下において、「落下傘市長擁立」の「可能性」について述べることと致します。

結論から申しますと、「落下傘市長の擁立」は、実現の可能性が大であります。

 

その理由として、伊藤・府中市長の存在・御活躍振りを挙げることができるでしょう。

皆さんも先刻御承知と思いますが、伊藤市長は、目下、府中市長として3期9年目に入っておられます。

同市長は茨城県出身(現在も家族を茨城に残し単身赴任中)であられますが、建設省勤務時に府中市助役として一本釣りされて赴任し、その後府中市長に担ぎ出されたと聞いております。

 

これを要するに、府中市長の例に見られます通り、「落下傘市長の擁立」は絵に描いた餅では無く現実であり、その上、同市長は「過去、市長として9年間、同和及び共産党と徹底的に戦い勝利を獲得してきた(本年2/11,リーデンローズで行なわれた日本会議福山支部主催行事で来賓挨拶として本人が述べられたもの)」とあります通り改革を実行されました。

「落下傘市長の擁立」が出来て、且つ、成果抜群であることを御理解頂いたものと思料致します。

 

さて、大切・重要なのはここからであります。

すなわち、一般論として「落下傘市長の擁立」に関する御理解を得ても、それが福山でいかにしたら実現できるかがポイントと思われます。

小生は、約2年半前に帰福した身であり、皆さんの方が余程御存知であろうと思いますが、自分が多くの方から聞いた話をベースに浅学菲才を省みず自分の頭で考えた上記ポイントは以下のものであります。

 

すなわち、結論から言いますと、「大同(道)団結」の重要性であります。

福山には数多くの市民団体を始め、数多くの町内会、自治会、組合、フォーラム等があります。

それらの団体・組織には、各々活動の目的・目標・ビジョン等がありますが、市行政の酷さ・拙さ等から、なかなか所期の目的・目標等が達成されずに放置・諦めの状態となっているのではと思われます。

 

そしてそこで大問題なのが、メンツ・立場・過去に拘ったり、視野が原因で、「枝葉末節に終始し、幹の議論がなされない」、「組織的解決(大同団結)が円滑でない」点等だろうと思われます。

換言すれば、いつまでも「内輪もめ及び団体・組織間もめ」を繰り返している結果、市行政から相手にされず、或いは個別に活動を潰されている現状を冷静に認識し、もって打開する為の方策、すなわち、「大同団結」の重要性を小生は訴えているものであります。

 

各団体・組織の活動目標等は異なっていても、その達成を阻害する市行政の改革の必要性は共通認識だと思われます。

であるならば、全団体・組織が「大同団結」して、「落下傘市長の擁立」を図ることが根本・必須となります。

「小異を残して大同につく」必要があります。

このことは、我がfacebook仲間同志でも言え、「大同団結」を是非、図りたいものです。   

 

最後に、小生が自戒としてモットーにしている、ライフスタイル及び思考について触れます。

まず、ライフスタイルですが、日本人が外国において久しく言われてきた、3つの「S」、すなわち、①smile,②sleep、③silent。

次は、思考としての3つの「Sense」、すなわち、①good sense(良識)、②common sense(常識)、③balance(gloval) sense(バランス・グローバル感覚) であります。

長くなり失礼しました。(終り)


 

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